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 そのとき後ろから不意に、腕を引かれた。売春婦たちの媚びたような袖の引き方ではなく、ぐいりと、力強く。それは、俺をその場に釘付けにするのに十分な力だった。振り向くとそこには、金茶のショートヘアをした若い女の人が立っていた。俺は、腕を掴む確かな力と、目の前に立つ痩せた女の姿とで、頭を混乱させた。

 女は、短く息をつくと、俺を憐れむような目をして、やめときなよ、と言った。俺はその声を聞いて、確信した。この、白いミニスカートをはいた人影は、女じゃない。男だ。でも、小さく締まった白い顔や、スカートから延びる長い脚に、男の臭いはしない。俺は混乱を深め、目の前の男を凝視した。すると、彼は軽く肩をすくめ、俺のすっかり力の抜けた手から、果物ナイフをとりあげた。とっさに取り返そうともがいたけれど、俺の手はその人に軽くいなされてしまった。

 「いくら観音通りが警察御法度って言っても、人刺したらさすがにやばいよ。」

 敬吾さんの息子でしょ、と、彼は果物ナイフを白いハンドバッグに押し込みながら、俺の目を覗きこんできた。カラーコンタクトレンズだろうか、やっぱり金茶色の、きらきら光る目をしていた。

 敬吾。確かに俺の父親の名前だった。

 「よく似てるね。すぐ分かったよ。敬吾さんも、そのうち息子が来るだろうって言ってたしね。」

 よく、似ている?

 俺はその言葉に違和感を覚え、半ば硬直したまま目の前のきれいな男の人を見つめた。これまで、父に似ていると言われたことはなかった。

 それに、そのうち息子が来るだろう、というのはどういう意味だ。その、預言みたいな台詞は。

 金茶の髪を梳きあげながら、彼はにこりと笑った。ほんの数分前まで果物ナイフを手に走っていた俺に、そんな笑顔を向けられるなんて、この人の精神構造も謎だと思った。

 「顔は、そんなに似てないかもね。でも、なんだろうね。雰囲気が似てるよ。一緒に住んでると似てくるものなのかな。」

 「……息子が来るって、言ってたんですか?」

 「うん。言ってた。ここ一か月くらいかな。」

 一か月。ということは、俺がアルバイトを始めたあたりからだ。その頃からすでに父親は、俺がここに自分を買いに来ることを察していたと言うのか。

 「……買いに、来るって?」

 「会いに来るって。」

 会いに来る? 俺はあの男と、一緒に暮らしているのに?

 俺が頭の中を散らかし放題にしているのを見ると、男の人は笑みを深め、ちらりと路地の先に目をやった、父親が立っている、街灯のあたりだ。

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