第9話 彼女のアレを舐める。舐めたらアカン
とある事に気づいて俺は授業を抜け出してトイレに来ていた。
俺は個室に入っていた。
異世界でもトイレは日本と似たような水洗トイレで……トイレの描写はどうでもいい。
俺は学生証を取り出して、ハートちゃんの名前が書かれたページを切り取った。
するとハートちゃんの学生証が分解される。
俺の手にはハートちゃんの学生証が握られている。
この学生証はハートちゃんが持っていたモノである。
彼女の内ポケットに入れていたモノである。
彼女がペタペタと触ったモノである。
彼女の手垢と汗が染み込んだモノである。
授業中に、その事に気付いてしまったのだ。
ハートちゃんの赤髪で美人な顔を思い浮かべ、俺は彼女の学生証を開いた。
こんな俺に学生証を開かれているんだぜヒヒヒヒ。下世話な笑いが込み上げてくる。
まさか自分より弱いと思っていた男に学生証を開けられると思っていなかっただろう。
ハート・ジニー。
こんなにマジマジとフルネームを見られるなんて思わなかっただろう。
いい名前してるじゃん。
指で名前をソッとなぞった。
教室に置かれていた好きな女の子のリコーダーを吹くみたいな感覚で、綺麗な女の子の学生証を舐めたい、と俺は思った。
舐めるのはやり過ぎか?
『舐めたらアカン♬ 舐めたらアカン♬ 人生舐めずにコレ舐めて♬』
俺は日本にいた頃に聞き覚えのあるCMソングを歌って、ちょっとだけ学生証を舐めてみた。
舐めたら、ただの紙の味がした。
しょーもな。
もし仮に、学生証を舐めた事によって、彼女の汗や手垢を間接的に舐めたことになったとしても、ただの紙の味だった。
間接的に舐めるのではなく、直接的に舐めないといけない。
ハートちゃんの学生証と俺の学生証を重ねると統合した。
ペラペラと学生証を捲るとハートちゃんのページだけ、俺の唾液で濡れていた。舐めたのだから仕方がない。
普通に内ポケットに入れようと思った。
ちょっと待てよ。もう俺だけの学生証じゃないんだ。アブーやハートちゃんの学生証でもあるのだ。それに4人のドワーフの分でもある。
コレを誰かに奪われてはいけない。
大切な学生証を誰にも奪われないようにパンツの中に仕舞って授業に戻った。
お昼休み。
俺とアブーはお腹を空かせて、食堂に向かうためにイギリスのお城のような校舎を歩いていた。授業の一環で学校案内は担任の先生からしてもらっていた。だから食堂の場所は知っていた。
ちなみに担任の先生は、煉獄の魔女との戦いで立会人をしていたオッさんである。
「私もお弁当持って来ればよかったな」
とアブーが言った。
7人のドワーフと、可憐なスノーホワイトちゃんはお弁当を持って来ていた。
クラスメイトは俺達も含めて計10人である。異常に少なくねぇ? 入学式の時にもっといたよな? なんか授業してる先生もヤル気ないし。Fクラスだからか?
「初日から、こんな授業があると思わなかったな」
と俺が言う。
「食堂に行く時ぐらい、杖と本を置いてきたらいいのに」とアブーが言った。
俺は杖をギュッと握り締めた。
この杖というか、黒き水晶は魔法を吸収する、と気づいてしまった。
いや、始めから知っていた。知っていたからこそ俺はコレを手にいれたんだ。そういう事にしよう。
魔力ゼロの俺には、これは必要だった。
それに魔法使いというのは、いつでもどこでも杖と魔道書を持っているモノである。
「いつ、どんな戦いに巻き込まれるかわかんねぇからな」と俺が言う。
自分のセリフでフラグが立ったような気がして焦り、
「強い奴こそ戦いは避けるモノだ」とフラグを折りに行く。
俺、強いから絶対に戦いに巻き込まれないんだからね。
「勉強してたらお腹空いちゃたね」
とアブーが言う。
「つーか、アブーお金持ってるのかよ?」
と俺が尋ねた。
「持ってないよ」とアブーが言う。
「お金持っていなかったら、食堂に行っても食べられないと思うぞ」
と俺が言う。
アブーが劇画タッチのホリの深い顔をして、驚く。
さっき弁当を持って来ればよかった、って言ってたじゃん。その言葉の中には(お金が無いから)が含まれているじゃん。絶対に気づいていたじゃん。
「下さい」と彼女が言った。
「仕方ないな。俺のご飯を分けてやるよ」
と俺が言う。
「分けるんじゃなくて、注文したモノを全て下さい」とアブーが言う。
「めっちゃ、あつかましいじゃん」
と俺は言って、そのあつかましさに劇画タッチのホリが深い顔をして驚く。
なぜか食堂の方向から生徒達が逃げて来ている。
「食堂ってアッチの方向で合ってたよな?」
と俺が尋ねた。
「合ってるよ」とアブー。
「みんな食堂から逃げて来てるぞ?」
と俺が言う。
「お肉が大きすぎて、みんな逃げているんだよ」
とアブーが言う。
お肉が大きいだけで、逃げるもんだろうか?
「早く行かないと売り切れちゃう」
とアブーは逃げている生徒達を掻き分けて、食堂へ進んで行く。
絶対に行ったらいけない、と俺のアラートが警報を鳴らしていた。
食堂に向かうアブーを止めようと思ったけど、お肉のためにどんどんと進んで行くアブーを止められなかった。
「アブー」と俺は叫んだ。
「早くしないとお肉が売り切れちゃう」
とアブーが言う。
とんだ食いしん坊キャラだぜ。
アブーを止める事ができず、逃げ惑う生徒達から逆行して食堂に辿り着いてしまった。
食堂にいたのは煉獄の魔女だった。
男子生徒に馬乗りになってボコボコに殴っていた。
魔法が使えないから拳を使っているんだろう。
彼女の目は怒りに満ち溢れていた。
「Fクラスのアイツが来たぞ」と逃げ遅れた生徒が呟いた。「アイツなら煉獄の魔女を止めてくれる」「アイツなら」「アイツなら」「アイツなら」
地面には何人もの生徒が倒れていた。
拳だけで、こんなに倒したのかよ?
こんなに強かったら魔法なんていらねぇーんじゃねぇ?
「おい、もういっぺん言ってみろ。誰が弱いって? えっ?」と煉獄の魔女が、ボコボコにした生徒に尋ねた。
「私より弱いくせにバカにすんじゃねぇ」
そう言って彼女はボコボコにした生徒の学生証を奪った。
俺の頭に色んな計算式が流れる。
もしかして彼女は
うわぁ、煉獄の魔女がコッチを見ている。
やべぇーーー、コッチに向かって来ている。
肉弾戦だったら魔力吸収が使えん。
はい、俺負け。
「私の学生証を返せ」
とブチギレの煉獄の魔女が言う。
学生証を返すだけで許してくれるの?
それだったら話が早い。
学生証を返してあげようと思って、気付いた。
学生証は俺のパンツの中にある。
しかも舐めてしまっている。舐めているという事は、舐めた箇所の紙がパリパリになっているという事である。
そんな学生証をパンツの下から取り出して渡してしまったら、何か変な事をやったと間違えられるだろう。
いや、実際に変な事をしてしまったんだけど、勘違いされるほど変な事はしていない。
舐めたらアカン♬ 本当に舐めたらダメだった。
彼女の学生証は返せない。俺が変態になってしまう。
「学生証は返せねぇ」
と俺は言った。
足ガクガク。
だけど、それがバレないように顔はクールを気取った。
「はぁ? 私の学生証を返せ」
と煉獄の魔女が怒鳴った。
「お前が俺をボコボコにしようと学生証は返さないし、俺は今のお前に手は出さない。そんな俺から学生証を奪いたいのか?」
と俺は言った。
俺は手を出さない、というのは、あえて今のお前には手を出さないという事である。そんな俺から学生証を奪いたいのか? と念押ししておく。パンツの下に手を突っ込んで学生証を奪わないといけなくなっちゃうよ?
「どうして?」
と怒りを露わにしながら煉獄の魔女が言った。
「本当の強者はむやみに人を傷つけない。怒りに任せることはしない。お前にそれがわかった時に、また決闘でも何でもしてやるよ」
と俺は言った。
ビビリすぎて足がガクガクで疲れてきている。
でも足ガクガクは長いローブで隠されているのでバレていないはず。
本当の強者はむやみに人を傷つけない&怒りに任せないという言葉で、お前が今俺を殴ったらお前が弱いんだからな、と伝えていた。
それがわかった時に決闘しよう。何がわかったら? 俺にも謎である。だけど彼女がお淑やかな女性になったらベッドの上で決闘しよう。
「クソ、クソ、クソ」
と煉獄の魔女が地団駄を踏んだ。
そして俺を睨みつけ、やっぱり俺に近づいて来る。
いやーーーーーーー、俺の事を殴る気満々じゃん。やめてくれーーーー。
彼女が拳を振り上げた時、目の前にとある人物が突然に現れた。瞬間移動の魔法なんだろう。
「バカヤロウ」
とその人物は怒鳴った。
その人物はセント校長だった。
「おと……」と煉獄の魔女が、何かを言いそうになってやめた。
「お前はコイツに負けてんだよ、バカヤロウ」
とセント校長が煉獄の魔女に向かって怒鳴った。
セント校長を見た煉獄の魔女は、明らかに怯えていた。
「Fクラスの魔法使いに、強さを教えられてるんじゃねぇよバカヤロウ」
とセント校長が怒鳴った。
「決闘でもないのに人に暴力をふるって学生証を奪ってんじゃねぇ。倒れてる生徒に学生証を返せバカヤロウ」
「……ごめんなさい」
と煉獄の魔女が泣きそうな顔をして、謝った。
そして倒れていた生徒に学生証を置いて行く。
セント校長が倒れた生徒達に手をかざした。
手をかざされた生徒達がヌクッと起き上がった。回復魔法をかけたんだろう。
セント校長が俺の事を睨んだ。
何百人も人を殺してきたような目である。怖っ。
だけど彼は俺に対して、何かを言うわけでもなかった。
「わかってるな? お前にはペナルティーが待っている」
と校長が、彼女に言った。
小さくハートちゃんが頷いた。
そしてセント校長は煉獄の魔女と共に消え、どこかに行ってしまった。
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