第10話 酒場の女主人
些細な事でも口に出してしまうとまたサンと口論になりそうな気がした僕は、無言で南東エリアを目指して歩く。
サンも僕と同じ考えだったようで無言で隣を歩いている。そんな僕達を見た暴走姫の修羅刹は、やれやれと首を横に振って呆れていた。
後日、ゲーム購入の代金については、次回の山河の誕生日にその金額を上乗せしたものをプレゼントする事で決着がつく事になる。
南東エリアに着いた僕達は、中心部にある酒場を目指してさらに歩みを進めた。
もう南東エリアじゃなくて酒場エリアと呼んでいいんじゃないかというほどに、お酒を提供する店舗が乱立している場所にたどり着いた。
僕達はその中でも一番見慣れた酒場?というと
酒場の前まで来た僕が見た光景は、西部劇に出てきそうな感じの上部分が切り取られ酒場内部が丸見えの扉に、その隙間からは丸テーブルが1台にイスが4脚のセットが6セット、カウンターの後ろには大量のボトルやグラスなどが棚ぎっしりに並んでいた。
カウンター越しには、胸元がざっくりと開いた黒いドレスを身に纏った、前髪で片目を隠した妙齢なNPCの女性の姿が見える。
きっとあのNPCがこの酒場の主人なのだろう。何というか未成年の僕達が入っていい雰囲気じゃないぞ……これ。
僕達が入店する事に対して
僕達三人は顔を見合わせる。そんな様子を見ていた彼女はクスクスと微笑している。
「サン、修羅刹どうする?あのお姉さんめっちゃこっち見て手招きしてるけど……」
「どうするって、お前……招かれている以上とりあえず行ってみようぜ。それにあんな綺麗なお姉さんの招待を断るとかありえないだろ」
「サン……あなたねぇ。わたしたちもうお金ないのよ……分かってる?」
「分かってるって、でもさ~、このままスルーするのはそれはそれで気まずくないか?」
「確かに一理あるわね。それにもしかしたら、何かいい情報を教えてくれるかもしれないしね」
「あー、攻略に必要なアイテムがある場所のヒントとかくれるやつ?」
「そう、それよ。しかもそういうキャラって大体あんな感じの色っぽいお姉さんとかが多いし!」
何やらふたりがRPGあるあるというやつで盛り上がっている。僕はそういう類のものをあまりやらないため、ふたりが何を言っているのか全然理解できず、ひとり話題に取り残されている。
さて……さすがに酒場の入口付近に居続けるのも気が引ける。だからといってこのままスルーしてその場を離れるのもサンが言ったように後味が悪い。
ならば、残された道はこれしかない。お金を一銭も持っていない状態の僕は、覚悟を決め酒場の扉に手をかけ堂々と入店する。
それを見たサンと修羅刹も何かを悟ったのか、同じように堂々と足並みを揃え入店するのであった。
僕は迎え入れてくれたNPCの女性に軽く会釈をし、カウンター席まで移動する。
「いらっしゃ~い!やっと入って来てくれたのね。
「エインヘリャル?」
僕はエインヘリャルという言葉の意味が分からず、つい無意識に聞き返してしまった。その僕の声に反応したのかサンは、目の前にいる酒場のお姉さんを完全に無視してエインヘリャルについて説明し始めた。
「いいか、タクト。
「それ知らなかったわ~。修羅刹はこの設定知ってたか?」
「そんなの知るわけないじゃない。クローズドベータテストの時って、わたしたち三日間ず~とダンジョンばっか行ってたでしょ。というか……NPCと会話したのって、わたしが知る限り最初に装備を買いに行ったあれが最初で最後じゃない?」
修羅刹の返事を聞いた瞬間、僕は妙に納得してしまった。確かにあれ以降、僕も修羅刹もログイン時に噴水広場にいるぐらいで、それ以外はダンジョンに住みついているのかってぐらい、あの薄暗い洞窟にずっといた。
ただひとりサンだけは『買い物に行ってくる』と言って、ふらっとダンジョンを抜け出す事があった。
なるほど、あの時にこの情報も仕入れていたのか……やるな、サン。
この答えが正解だと確信した事を態度で示すかのように、僕と修羅刹は小刻みに頷く。だが、そんな幻想もサンの一言で砕け散る。
「いや、アイコンに触れると概要が表示されるだろ。そこに普通にゲームの設定が載ってたぞ?お前ら……まさか見てないのか?」
僕と修羅刹は息ぴったりで「「見てない!」」と断言する。それ以前に僕はそのアイコンを押す事はあっても触れた状態で放置した事がない。なので、VRデバイスにそんな仕様があった事すらサンに言われるまで全く知らなかった。
サンはそんな僕達の反応にガッカリしたようで「マジかよぉ……」と嘆いていた。
仲間内で会話が盛り上がり始めた時だった。先ほどまでずっと僕達の会話を黙々と聞いていた酒場のお姉さんは、痺れを切らしたようで首を傾げ問いかける。
「ねぇ~、このお話まだ続きそう?」
その言葉を聞いた瞬間、僕達はピタッと話すのをやめ……それぞれ頭を下げ謝るのだった。
「いいのよ~、みんな楽しそうにお話していたからね~。それはそうとここは酒場ですよ~。なにか飲みませんか~?」
「酒場に来ておきながら実に言いにくいんだけど、僕達三人とも所持金0なんだ。僕達こういったお店が初めてで、つい覗いてみたくなって……」
僕がお金がない事を正直に酒場のお姉さんに伝えると、彼女は「あらららら!?なるほど~、どうりでね~」とひとり何かを納得している。
僕はついその酒場のお姉さんが言っている『どうりでね』という言葉が気になり質問した。
「あのぅ……『どうりでね』ってのはどういう意味ですか?」
すると、酒場のお姉さんはパンッ!と拍手のように両手を合わせ、これまでにないにこやかな笑顔で僕の質問に答えてくれた。
「あ~、ごめんなさいね。あたしが
「はい、まだこの世界に来て間もないです」
「あらあらあらあら!?そういうことなら、あなたたちの門出を祝ってあたしが奢ってあげる~。アルコールが入ってるのはダメよ~。あなたたちどう見ても未成年だもの~。そ、れ、とあたしのことはこれからママって呼んでね~」
その言葉を聞いた瞬間、
「えぇ、そうよ~。酒場の主人のことをマスターって呼ぶでしょ~?でも~、あたしってマスターって雰囲気じゃないでしょ~、だから~、マ~マ♪」
本当にこのゲームのNPCは、どれもこれも個性の塊のような人物ばかりだ。ただなぜかこの酒場のお姉さん……ママにはどこか親近感を抱いてしまう。
僕はカウンターを指でトントン叩きながら、ママとよく似た雰囲気の人物を記憶の中から呼び起こす。
そして僕は該当するその人物を思い出す。
あ~、思い出した……この感じ、いづねぇに似ているわ。このおっとりした感じだけど、芯がある女性。見た目は全然似ていないけど、雰囲気はいづねぇにそっくりだ。それにあの人を堕落させんとする甘やかしっぷりも本当に良く似ている。
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