第6話 クローズドベータテスト終了

 輪っかをくぐり抜けた先はジメジメしたザ・ダンジョンという感想がピッタリとくるような暗く、どこまで続いているのか分からないほど奥行きがある洞窟だった。それはもう古き良き昔のRPGとかに出てきそうな洞窟、まぁ父親が昔プレイしていたのを横で見ていただけで、僕は一度もプレイしたことはないけど。


 後ろにはあの輪っかが見える。ここを通れば街に戻ることが出来そうだ。


 ただドームと同じようにこのダンジョンにも外に通じる出口らしきものが見当たらない。 


 そして僕の目の前には今か今かとゴングを鳴らせ、わたしはもう我慢の限界だと、シャドーボクシングをして待っている蘇芳院が見える。


「タクト、ここはセーフティエリアといって主にダンジョンの入口とかにあるんだけど、ここにいる限り敵は襲って来ないわ。だから、ここで装備を切り替えてあなたに合う武器を選びましょう」 


「そういうことなら、安心して武器を変えられるな。あ~、一応言っておくけど、僕の練習相手残しておいてくれよ?」


「…………分かってるわよ」


 返答するのに何やら時間がかかっていたが、あいつやっぱり僕が言わなかったらひとりで全部倒す気満々だっただろ。


 それから僕は購入した武器を手当たり次第に装備しては、チャンバラごっこをするようにひとり身体を動かして、自分にどの武器が適性があるのか確かめた。


 ブロードソード、エストック、ナイフ、打刀、ロングソード、スピア、メイスにクロスボウ。


 それ以外にも色々と装備して試した結果。僕が一番しっくりときた装備は片手で装備出来るように軽量化された剣と持ち運びが便利で咄嗟とっさの判断で、すぐに抜刀できる短剣の二種類。


 その中でも僕が特に気に入ったものがショートソードとダガーだった。


 斬ることも突くことも出来て尚且つ他の片手剣よりも軽量なショートソード、ナイフよりも多少重いけどその分殺傷力が向上したダガー。


 僕がどっちを相棒にするべきか悩んでいると、蘇芳院から呆れた表情で「両方装備すればいいんじゃない?」と投げかけられた。


 なるほど……確かにそれは妙案かもしれない。


 右手にショートソード、左手にはダガー、うん、悪くない……手に馴染む。


 僕は両手に持っている武器をグッと握り締め、修羅刹に戦闘準備が完了した事を知らせる。


「待たせて悪かった。準備完了だ」  


「よ~し、それじゃ~たのしぃたのしぃ殴り合いをはじめましょう!!」 


 意気揚々と修羅刹がセーフティエリアから出ようとした時だった。さっきまであれほど機嫌が良かった修羅刹の顔が急変し、眉をひそめ前方を見つめたまま硬直している。


 その原因が何なのか僕はすぐに知る事になる。


「あ~、聖陽君やぁ~っと……キャラが完成したのね。そのログインした場所から動かないで、今から迎えに行くから!!!!」


 首だけ動かしてこっちを向くと修羅刹はただ一言「帰るわよ」と僕に告げた。僕は頷く事もなく修羅刹の後を追い街に戻るのであった。


 街に戻ると噴水広場に山河がひとりベンチに座り、僕が修羅刹を待っていた時と同じように空を見上げぼ~っとしていた。


 それにしても正直な話、どこにそれほど時間をかけたのか分からないほど山河本人によく似たキャラ。


 現実世界と同じように髪を逆立ているし、身長も体格もそれほど変化があるようにも思えない。


 山河との違いは髪が日光が反射して鬱陶しいぐらいに煌めく金髪、晴天を思わせる澄んだ空色の目ぐらいだ。


 後々聞いてみると、筋肉量とかあいつお得意の見えないところにまた時間をかけていた事が分かった。


 修羅刹は山河に近づき声をかける。


「えぇっと、サンシャインリバー…………何この名前??まぁ何でもいいわ、さっさと装備を整えに行くわよ!」


「待たせたのは悪かった。でもさ、第一声がそれって酷くね?タクトもそう思うよな??」


「いや、何というか……今回はお前が悪い。コールのタイミングが最悪だったからな」


「なるほど……タクトのその顔で全て理解した。修羅刹んじゃ案内頼む。パパっと済ませるわ」


 サンシャインリバーはそう言うと、案内するため前を歩く修羅刹について行くのであった。


 それから5分もかからずにサンシャインリバーは装備を整えた。いま僕達はあのジメっとした洞窟に戻ってきている。


 サンシャインリバーが選んだ武器は僕が装備している片手剣よりも大振りで重量がある両手剣のロングソード。防具はファンタジーでナイトがよく装備している全身を覆い隠すプレートアーマー。


 それとサンシャインリバーの名前の由来は自分の名前の山河聖陽から山を音読みしたサン、河を英語にしてリバー、シャインは聖陽から取ったらしい。


 蘇芳院のキャラ修羅刹の名前の由来は特にないようで、ただ漢字と言葉の響きがカッコイイからだそうだ。


「さてとぉ~、待ちに待ったダンジョン探索だぁぁ!!皆の者、俺様につづけぇ!!!!」 


 サンシャインリバーはアーメットのバイザーを降ろし、セーフティエリアから勢いよく駆け出す。


 僕と修羅刹はいきなり走り出したサンシャインリバーの後を追いかける。


「はぁ~、一番遅かった人が一番槍とはね……あの金髪さんのせいで、タクトの初陣が台無しになっちゃったわね」


「僕達以上にあいつが一番このゲームを楽しみにしてたんだし、それほど気にしてないから大丈夫。それよりもあいつの名前微妙に呼びにくくない?」


「やっぱりタクトもそう思うわよね。そうねぇ……もう最初の二文字のサンだけでいいんじゃない?」


「ふむ……そっちの方が確かに呼びやすい。つうことで、今この瞬間からサンと呼ぶことにしよう!」


「意義な~し!!」


 後ろで自分の呼び名が勝手に決定した事にサンシャインリバー改めサンは「結構いい名前だと思ったんだけどな」とボソボソひとり愚痴っていた。


 それから一分もかからずに僕はこのゲームで初めての魔物と出会う。それはゴブリンというファンタジーとかによく出てくる人型の魔物。


 全長は80cm程度で腰布にこん棒だけというなんとも弱々しい装備のゴブリンだった。そのエンカウントしたゴブリンは出会ってすぐにサンの攻撃で真っ二つにされていた。


 こん棒以外にも短剣を装備していたり石を投げてきたりなど多種多様なゴブリンがいた。


 サンの攻撃方法は両手剣による重い一撃で、ゴブリンがこん棒や短剣で防御しようがお構いなしにそのまま振り下ろし一刀両断していく豪快な戦い方。


 修羅刹の攻撃方法はひたすら拳を振り上げ殴るだけという実にシンプルなもの。それだけなら僕も特に気にならなかったのだが僕は見てしまった。やつがゴブリンをボコボコにしている時の表情を……それはもう幼い子が欲しかった玩具を貰い喜びはしゃぐ時のような満面の笑み。


 はははは…………狂気そのものだわ。


 サンは一撃重視で修羅刹は手数重視。僕はというと二刀流でスタイリッシュに戦おうと思ったのだが、いつも通り思った通りに身体が動かない。


 ここだと思って攻撃を仕掛けたとしても、ワンテンポ遅いようで致命傷を与えることが出来ず、実にグダグダな他人には見せられないような泥仕合をしている。


 そしてあっという間にクローズドベータテスト期間の三日間が過ぎた。


 結局最後までふたりのように自分が思い描いた戦闘をする事は出来なかったが、それでもとても、とても楽しかった。


 僕が音ゲー以外でこれほど熱中するなんて思いもしなかった。三日間という短い時間のゲーム体験ではあったが、あの世界で冒険出来て本当に良かった。誘ってくれた山河には感謝の言葉しか出てこないな、まぁ直接本人にそれを言う事はないけどね。


 クローズドベータテストが終わると同時にアーティファクト・リズムがプレイ可能になった。


 実はこのアーティファクト・リズムとかいう音ゲーは、クローズドベータテスト中はプレイ不可能だった。それどころか起動すらしなかった。


 僕はアーティファクト・オンラインの余韻に浸りつつ、本来の目的であったアーティファクト・リズムを起動する。


 それから三か月間……僕は寝る間も惜しみ、このアーティファクト・リズムという音ゲーに熱中する事になる。

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