第3話 初期装備は村人A
歓迎するメッセージが3秒ほど表示されたあと、そのメッセージが消えると同時に画面も真っ暗になった。
画面はまだ暗いけど一定間隔で高所から水が落ちるような音が聞こえる。噴水とかの近くにログインしたようだ。
やっと読み込みが完了したようで画面が明るくなる。ゆっくり首を左右に動かして周囲を見渡す。
前方には噴水広場、広々とした道、それにファンタジーによくある石やレンガを用いた建物があっちにもこっちにも大量に建っている。
噴水広場を奥に何か巨大な輪っかが設置されている。輪っかの空洞部分は
あれはあれで気になるが、僕が何も言わなくても合流すれば山河の方から勝手に話し出すだろうし、今は後回しでいいか。
それにしても区画整理など一切考えていませんというぐらいに建物が乱立している。
僕と同じようにゲームにログインしたばかりで何をすればいいのか分からず、キョロキョロしているプレイヤーがそこかしこに見える。
僕のキャラ名タクトのように人名だったり、トンカツや卵かけご飯といった食べ物の名前、ロングソードやバックラーといった武器や防具、想像上の生物の名前などそれ以外にも多種多様な名前が頭上に表示されている。
それにプレイヤーの服装も布の服を着ている村人Aから全身を覆う甲冑を着た騎士、はたまた着物に日本刀を腰に携えている侍など、どんな世界観だと言いたくなるほど多種多様な装備を身につけている。
キャラメイク時にそんな装備項目のようなものはなかったけど、ここのみんなはどうやってあんな装備を入手したのだろうか。
そう考えた時ある事について頭を過った。それは僕が今何を着ているかという事。まさかあの状態、下着のみとかいうことはないよな。
僕はすぐに自分の服装を確認するため首を下に向けて体全体を見回す。
…………ふぅ……良かった、ちゃんと着ている……村人Aだけど。
麻布のような質感の服とズボンに何かの動物の皮をなめして作ったサンダルを履いていた。
どうやらこの村人Aがこのゲームの初期装備らしく、注意深く周囲を見渡すと僕以外にも同じ服装をしている人がちらほら見える。
さてと、ログイン出来たのはいいんだけど、どうやって山河たちと合流すればいいのやら……。
そういや、蘇芳院はゲーム内でもメッセージや通話が出来ていた。ということは僕にもそれが出来るのではないだろうか。
あとはどうやってそれをゲーム内で行えるか……だよな。
考えても仕方ないか、なんとなくだけどこのゲームの仕様に関して分かったことがあるし……試してみるか。
僕は噴水広場に設置されているベンチに腰を下ろし「メッセージ」と呟く。
ポンッ!という効果音が聞こえると同時に目の前にウィンドウが出現した。
僕は早速メッセージを送るべくウィンドウに触れた。すると今度は文字入力用にキーボードが出現した。
メッセージ自体はVRデバイスに最初から組み込まれているものを使用している事は、先の蘇芳院とのやり取りで分かっていたので、ゲーム内でのメッセージの使い方さえ分かれば後は簡単。
僕は出現したキーボードで今ゲームにログインして噴水広場にいることを書き込むと、すぐに蘇芳院にメッセージを送った。
どうして山河ではなく蘇芳院にメッセージを送ったかというと、僕はあいつがキャラメイクに時間をかけることを知っていたからだ。
僕と蘇芳院は割かしキャラメイクが雑というか……見える部分は頑張って作るが、それ以外の部分は基本的に標準で何も変更せずに済ませることが多い。このゲームでの蘇芳院のキャラはまだ見ていないから何とも言えないが、僕に関しては見ての通り手早く済ませている。
それに比べて山河は見えない部分も全身全霊を込めて作る。僕や蘇芳院にはそんなこと到底出来ない。だって、その部分が僕達の目に入ることは一切ないのだから……なのに彼はそこも作りこむ。
そういうところは純粋に尊敬していたりはするが、あいつの前でそれを言ったことは一度もない。
おもむろに頭を上げて空を見上げる。視界に広がるのは作られた世界とは思えないほど、綺麗に晴れた曇り一つない晴天。
ぼ~とただ空を見上げた事で気づけたことがある。それは周囲の環境音、頬に当たる風に屋台から食欲をそそる美味しそうな匂い、僕が着ているこの服の質感やサンダルの感触などが、現実世界で触れていると錯覚してしまうほどにリアル。僕が今まで触れてきたVRゲームの中でもこれほどクオリティが高いゲームはなかった。
基本的に音ゲーばかりしていたので、このゲーム以外にも高クオリティなゲームがもしかしたらあったかもしれないが……。
最初は付属の音ゲー、アーティファクト・リズムに惹かれて仕方なく始めてみたけど、案外こういうのも悪くない。そんな思いにふけっていると、急に天候が晴天から曇天になったのかと錯覚するほど目の前が暗くなった。
「お待たせ~、タクト!!」
この聞き覚えのある声は……蘇芳院。
蘇芳院はわざわざ顔を上から覗き込むように僕に話しかける、僕はすぐに彼女に向かって返事を返す。
「お待たせ~の前にまずちょっと離れようか、すおっ……」
そこで僕は言葉に詰まる。こっちでは別の名前、つまりゲーム内キャラの名前で呼ぶのがマナーだったような……。
プライベートルームなどがあれば別にそこまで気にする必要ないかもしれないが、他のプレイヤーがいる状況では控えるべきだろう。
蘇芳院の頭上に表示されているキャラ名【修羅刹】……これ、しゅらせつで読み方合ってるのか、とりあえず呼んでみるとしよう。
「……ごほん、それで
「おおっ!タクトの事だから、てっきりあっちの名前を呼ぶと思っていたけど、やるわね!!タクトも知っているでしょ……キャラメイクにバカみたいに時間をかけるのを……」
「知ってる……だから修羅刹にメッセージを送った」
僕の正面から隣に移動しベンチに腰を下ろした蘇芳院はぶっきらぼうにそう答えた。
日光を遮る障害物がなくなった事でやっと蘇芳院のキャラである修羅刹の
蘇芳院も僕と同じであまり顔を変更はしていないようだ。ひと目見てすぐにこれが蘇芳院だと分かるレベルのものだった。ただひと目でここは変更したと断言できる箇所もあった。それは泣きぼくろの位置である。右側にあるはずの泣きぼくろが、修羅刹は左側に泣きぼくろがあった。
髪型は黒みを帯びた赤髪を団子のように一纏めにしたあと、
最後に体格なのだが、修羅刹は着物を着ている事もあってあまり断言は出来ないのだけど、胸部の膨らみが蘇芳院に比べて、いささか……大きいような気がする……あくまで気がするだけではあるが……。
幼馴染とはいえ、僕はそこに土足で踏み込む度胸は持ち合わせていない。
腰には騎士が装着していそうなガントレットをぶら下げている。なるほど、これで敵を殴りまくっていたのか。道理であんな音が聞こえてくるわけだ。
蘇芳院はもう村人Aから卒業して自分の装備を手に入れている。山河はまだまだ時間がかかりそうだし先に装備を整えておくか。
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