第2話 はじめてのVRMMO

 音ゲーに心を惹かれながらも渋々僕は、ライブラリーに追加されたアーティファクト・オンラインを起動する。


 壮大なBGMと共に僕の真下には、巨大な防壁で囲んだ広大な防衛都市があるのが見えた。どうやら僕はいま足場も存在しない上空に浮いているようだ。


 その数秒後にこのゲームタイトルのアーティファクト・オンラインが中央にこれでもかと大きく表示された。


 いざログインしようとあちらこちらタイトル画面を確認するが、肝心のログイン方法が分からない。


 今まで僕がやってきたVRゲームは、タイトル画面にログインするためのボタンが必ずどこかに用意されていたが、このゲームは何度確認してもそれらしきものが一向に見当たらない。


 フルダイブ型のため正確には全て脳波で操作をするので、実際には手を動かしてボタンを押すというわけではないし、映像も肉眼で見ているように見えるが、実際は夢を見ているような感じで直接脳に映像が出力される。


 もちろんそれ以外の五感も感じ取れるようになっている。一体どういう仕組みなのだろうか、そしてどうやってゲーム開始すればいいんだ……マジで分からない。


 山河にログイン方法を聞くしかないか、いやでもそれもなぁ……あ~、そうだ……すでにログインしている蘇芳院に聞いてみよう。


 あいつは夢中になるとすぐに他の記憶がぶっ飛ぶから僕が質問した事も綺麗サッパリ忘れてくれるはずだ。


 蘇芳院六華すおういんりっか、こちらも山河と同じく昔からの腐れ縁でもうひとりの幼馴染。


 頭脳明晰ずのうめいせき容姿端麗ようしたんれいな生徒会長と世間ではなっている。確かに幼馴染の僕から見ても確かに綺麗だとは思う、思うがそれは高嶺の花として遠くから眺める分にはって意味だ。


 やつはやってはいけないという行為を平然とやろうとする。ただ外にいる時は猫を被って、そういうキャラクターを演じる事で衝動を抑えているが、僕や山河といった身内と遊ぶとなった場合、それが暴走する……否応なしに……暴走するのだ。


 山河も山河でヤバい部分はあったりするけど、それは今はいいか……。


 ゲームによっては世界観を優先しゲーム内でしか連絡が取れないものもあったりする。まぁどちらにせよ連絡してみれば分かる事か。


 僕は先にアーティファクト・オンラインを始めている蘇芳院にメッセージを送った。


〈蘇芳院、アーティファクト・オンラインのログインの仕方を教えてくれ。〉


 よし、あとは蘇芳院から返信されるのを待つだけ。 


 メッセージを送ってから3秒も経たずに蘇芳院から返事が返ってきた。それもメッセージではなくなぜか着信で……。


「別にメッセージでも良かったんだけど」


「メッセージよりもこっちの方が早いと思ってね。それにわたしは今!手が離せないのよ!!えっとね、ログイン方法はタイトル画面でログインって言うだけよ」


 蘇芳院の声以外に環境音として「ぎゃあぁぁ!!」や「ぐわぁぁ!!」という声と、グシャ!ボキィ!と何かが砕ける音が聞こえてくる。


「分かった、やってみる」


「それじゃー、また後でね」


 問題なくゲーム中でも連絡は取れたけど、あの後ろから聞こえてきた音……確かに戦闘中なら手が離せないか。

 

 朝っぱらから敵を倒しまくっている戦闘狂の蘇芳院からログイン方法を教わった僕は、早速「ログイン」と呟く。


 その瞬間、タイトルロゴが消え俯瞰ふかんで真上から見ていた位置から真下の街を向かって急降下し始めた。そして地面にぶつかる直前で画面が切り替わり、キャラメイク画面が目の前に表示された。


 現実世界での僕は紫乃月拓斗しのつきたくととして毎日生活を送っているが、VRの世界に入るには別途仮想世界での僕が必要になる。


 その際大半のプレイヤーは個人を特定できないようにするため、現実世界とは全然違う容姿にすることが多い。


 ゲームによっては性別や種族を変更できるのもあるので本当に別人になれる。

 

 ただアーティファクト・オンラインはまだクローズドベータテストということもあり、キャラを作るにあたって選べる項目がそれほど多くなかった。


 大まかな項目は顔、髪、身長に体格ぐらいでそこからさらに微調整で変更可能という感じ。


 普段よくやっている音ゲーは半透明な人型のものが多い。それに対してこっちはちゃんとキャラ作成が出来る、それだけでこのゲームに少し興味が湧いた。


 一つだけ気になることがあるとするならば、キャラメイク画面にずっと鏡越しに見た時のように反転した僕が映っている事だ。


 さらに付け加えると、服装は体格を調整した時にそれがすぐに見て分かるようにするためか、トランクス……下着のみしか着用していない。


 これをいじくりまくって仮想世界の僕を作るってことは分かるけど、まばたき一つせずにパンツ一丁で直立し遠くを見ているのが怖すぎる。


 戦々恐々しつつもまずは顔から作ることにした。あんまりあいつらを待たせると後で何を言われるか分かったもんじゃない。


 とは……言ってもこれといって何も思い浮かばない。とりあえず目の色を変えるぐらいでいいか。僕は自分の苗字紫乃月から取った紫色のバイオレットカラーを選択する。


 せっかく現実では出来ないことがゲームでは出来るんだし、やっとかないと損だよな……それに思った以上に僕もこの色合いが好きなのかもしれない。


 なぜなら……知らないうちに自分の方からキャラに近づき見入っていた。


 他にも左右で目の色が違うオッドアイとかにすることも出来たが、最終的にはやっぱり両目ともこの色の方がしっくりきた。


 目はこれでいいとして次は髪をどうするか、長すぎたら戦闘時に邪魔になりそうだし短すぎるのもなぁ……。


 用意されている髪型に目を通すこと2分弱、選んだ髪型は前髪で少し額を隠すマッシュショートとか言う名前のやつにした。


 髪の色は青みがかった黒髪のブルーブラック、これは一見黒髪に見えるが角度によって青色が主張され黒髪ではなく青髪に見えるというもの。


 正面からでは確かに黒髪だったが、キャラをぐるぐると動かして見てみると、確かに黒髪と青髪が切り替わって見える。

 

 ゲームのキャラだし赤髪でも緑髪でも金髪、現実世界では絶対しないであろう色を選んでも良かったが、僕の羞恥心がそれを拒んだ。


 あまり攻めすぎると山河と蘇芳院に髪の色で絶対にいじられる。それだけは全力で回避しなければならない。その点においてもこのブルーブラックはかなりいい線を行っていると思う。それに僕自身がかなり気に入っている。


 あと残っている項目は身長と体格のふたつ。


 身長は±5cmしか高さを変更できない仕様だったので、一切変更せずに僕の身長そのままにしておいた。


 体格も明らかに見た目が変わるというほど変更できず、多少筋肉量を増減したり出来る程度で肌を露出する装備を好むような人は調整するかもしれないが、僕は肌を露出する予定もないのでこっちも身長と同じように何も変更しなかった。


 全ての項目を設定し終えた僕は作ったキャラの名前を付ける。


 …………何も思いつかない……カタカナでタクトにしておくか……。


 最後に【完了】と文字が浮き出ている箇所に触れると、目の前にメッセージが表示された。


〈こちらのキャラで冒険を始めますか?〉 


 はい、いいえの選択肢が表示されるだろうとちょっと待ってみたけど、表示されそうな気配がない。どうやらここもログインの時と同じで音声入力のようだ。


 その質問に対して僕は「はい……これで始めます」と答えた。


 メッセージが切り替わる。


〈アーティファクト・オンラインの世界にようこそ〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る