終章 桜蕊降る……

「朱音様の巫女舞とっっっても素敵でした!」

 紅冥は恍惚とした表情で、朱音の手をとって両手で優しく挟み込んでいる。

「おい、紅冥! またお前は! 朱音にべたべたするんじゃねぇよ!」

 それを見ていた昇威が声を荒げ、すぐに紅冥の手から朱音の手を引き剥がした。

「なんですかぁ? 昇威さん、焼きもちですかぁ?」

 紅冥は両手を後ろに組んで、揶揄するように昇威の顔を覗き込む。

「は? 何いってんだよ! お前、朱音の式神になってから本当に調子乗ってるよな?」

 最近になって頻繁に繰り広げられる紅冥と昇威の小競り合いに、朱音はやれやれと小さなため息をついた。

「……昇威は何を怒っているんだ。紅冥の馴れ馴れしさは今に始まったことではないだろう?」

「そりゃ、そうだけど。……好きな奴が他の奴に触られたら普通、むかつくだろーが」

 昇威は小さく呟いて、不貞腐れたようにそっぽを向く。

「ん? 何か言ったか? すまないが、小さくて聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

 昇威の言葉が聞き取れず、朱音は昇威との距離を縮めて耳を傾けている。

「……っ。何でもねぇよ!」

 頬を赤らめ面映ゆそうに頭を掻いた昇威は、そそくさと鈴鳴神社の階段を駆け下りていく。

「待て、昇威! 気になるだろ!」

 朱音はしつこく昇威の背中を追いかけた。


 巫女舞が行われた祭典から一週間が経ち、今日は三ヶ月に一度の定例会の日だ。

 鈴鳴神社の階段の上段に一人だけ取り残された紅冥は物思いに耽る。

 今年の桜の期間は短く、ほとんどが散ってしまって、階段は落ちた桜蕊さくらしべで赤く染まっている。

「……僕はこんなに幸せでいいのでしょうか」

 朱音は紅冥の過去を知っても、変わらない態度で接し、何も言わず『式神』としてずっと傍に置いてくれている。

 

 成長した朱音を見つけ出すことができたあの日。

 どんな手を使ってでも朱音に近づいて、過去の罪を償うために力になりたいと思った。

 人間を操作できる術を使って裏で手を回して政府の上層部の幹部を操り、式勠巫覡に入隊し、そして巫女禁断令の廃止も指示をした。

「朱音様は、どこまで僕の過去を見たんでしょうか……。こんな醜い裏側も、感情も……知っているんでしょうか」

 手助けをしようとした行動だったが、実際の朱音は紅冥の汚い手段も必要ないほどに、強い女性だった。

 自ら突破口を見つけ出し、それだけではなく人々にも安寧をもたらしてくれるような魅力的な存在になっていく――。


「参ったなぁ。朱音様の側にいると、どんどん嫉妬深くなるし、欲深くなる。いっその事、すぐに葬ってくれた方が楽なのに……。いつかは罰を受けなければならない。なのに、ずっと側にいたいなんて……。そんな資格僕にはないのになぁ」

 強い風が通り抜けて、紅冥は春の匂いを感じとって目を伏せる。

「罪滅ぼしなんて言ってるけど、それは建前で本当はただ僕が朱音様の側にいたいだけなのかもしれませんね」

 黒いコートが靡き、紅冥は被っていた帽子が飛ばされないようにと、より一層深く沈めた。


「おい、紅冥! なにをしているんだ? 定例会に間に合わなくなる! 急げ!」

 階段を降りていたはずの朱音が、呆けてその場から動かずにいた紅冥を気にして、再び階段をかけ上がってくる。

「ほら」

 朱音は紅冥に向かって手を差し伸べた。

「はい、朱音様」

 紅冥は嬉しさのあまり顔を綻ばせて、差しのべた手を取ると、朱音の元へと飛び込んだ。

 

 今はただ、この瞬間だけの幸せを噛み締めていたい――。

 紅冥は朱音の小さな身体を優しく抱き締めた。

 

         終

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