44 まだ根にもってる。
「……やってしもうた!」
その膝は崩れ落ちて。
後悔するくらいなら言わなければいいのにとはおもうが、自分も似たような事をやった事があるので人の事が言えない。
後悔の念に駆られる今生の父ヴァロア男爵は頭を抱えて唸るけど、今さらもう遅い。
そして久し振りの貧乏男爵家での生活に、アイリスは不安を覚えたけれど気のせいで。
骨の髄まで染み付いていた貧乏は、三年程度セレブリティな生活をした所で消える事はなく。
直ぐに順応した。
そして引きこもった。
フォンテーヌ公爵家で与えられていた日当たりのいい広い部屋とは真逆で、ヴァロア男爵家にあるアイリスの自室は狭くて薄暗くてじめじめとしていた。
そして所狭しと並ぶえっちで下世話な本がずらりと並び、アイリスにとっての楽園で。
数日くらいはそれなりにアイリスは楽しんだ。
けれど、ふと……寂しくなった。
あの夜会の夜から、何の連絡もない。
男爵家に迎えに来てくれるどころか手紙の一通もなくて、ほったらかし。
ずっとほっといて欲しいと思っていたのに、放置されると無性に腹が立った。
『君に恋をした』とか『好き』とか、言った癖に、連絡の一つも寄越さないとかありえない。
うぶな乙女心を弄びやがって……!
と、むしゃくしゃしていたら。
なんてタイミングの良いことか?
ラファエル公爵の元彼女アンリエットから、お家にご招待されて馬車で向かう。
やっぱり例の如くお尻が痛い。
公爵家の馬車より男爵家の馬車はよく揺れる。
車輪が石畳で跳び跳ねて打ち付けるお尻を擦りながら、到着したアンリエットの自宅にアイリスは呆けた。
一応貴族であるアイリスの実家よりも、アンリエットの家は遥かに大きくて豪華……簡単に言えば豪邸。
フォンテーヌ公爵家に勝るとも劣らない大きさの豪邸に、アイリスは驚かされた。
それにテーブルに並べられた宝石のようなお菓子がとても美味しくて、お金持ちは違うなと唸る。
「……え? 本当にヤッてなかったの!?」
「あ、はい……好きな人がいる方に義務で抱かれるのは嫌でしたので、必要ないとお断りしました」
「アイリスちゃん、かっこいい……! いやでも普通はそれでも一応、妻という地位を揺るぎないものにするためにヤると思うけど……? そんなにラファエルが嫌だった?」
一口優雅にお茶を飲むアンリエットさんは、私よりも貴族らしく見える。
アイリスも一口そのお茶を飲めば、高そうな味がして公爵家を思い出した。
「イヤ……というより、結婚自体したくなかったですし、契約結婚だと最初からラファエル様に言われてましたので、面倒でした」
「ふふっ……面倒っ……! 一応ラファエルってそれなりに顔は整ってるのに……アイリスちゃん面倒って……貴女、いい! 素敵、あはは、うける……!」
アンリエットは愉快そうに腹を抱えて笑う。
「そんなに笑わなくても……」
「いやだって……! んー……でも、今は連絡の一つも寄越さないのが腹立たしいんでしょ?」
「それは……」
「ふふっ……アイリスちゃん可愛い! 初恋、かしらね? 貴女も録でもない男に惚れたわね? あ、私はもう別の良い人がいるから安心してね?」
「え……?」
「ふふっ、女はね恋をして綺麗になるのよ?」
少し頬を赤く染めて笑ったアンリエットは、アイリスの目から見てもやっぱり綺麗で。
どうして自分なんかをラファエル公爵は好きだと言ったのか、わからなくなった。
帰りの馬車もよく揺れて、乗り心地は最悪で。
サスペンションやらなんやらで異世界チートなんて引きこもりには、そもそも詳しい仕組みが全くわからないし出来る気もしない。
だからお尻の下にクッションを当てて耐えるけど、男爵家の馬車はオンボロで揺れる揺れる。
だから、座り心地の良かったラファエル公爵のお膝の上をつい思い出してしまい。
アイリスは盛大な溜め息を溢す。
初恋とか言われても、前世でも恋とかしたことがない引きこもりにはその胸の高鳴りが恋だとは確信が持てないし、それに。
ラファエル公爵相手に恋をしたとは……どうしてもアイリスは認めたくなかった。
やる気も愛も無い結婚式で。
『愛するつもりはない』
『お飾りの妻だ』
と、宣って。
三年間も放置しやがった相手に恋をするなんて。
……なんか嫌だった。
アイリスはまだ根に持っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます