43 怒らせると面倒な



 何も抵抗出来ず、声を発する事も出来ずに私は連れ去られて叩きつけられるように長椅子に寝かされた。


 その薄暗い室内には蝋燭の灯りだけ。


 これが誉れある近衛のすることなのかと怒鳴りつけたいのに、それは怒りなのか恐怖からなのかわからないけど全身が震えて上手く声が出せない。


「今まで夜会になんて一度も連れて来なかったのに、君を連れてくるなんて……隊長も人が悪いね?」


「っ……は……放し、て!」


 ひいぃぃっ……近い近い近い……っ!


 顔が近くて息がかかる、気持ちが悪い……!


 ぞわぞわと鳥肌が立つ。


「アイリス震えないで? 怖くないよ」


 ……いや、何が? これのいったいどこが?

 

 こいつはこの状況の何が怖くないと言ってるのか?


 か弱い女の子を拉致して押し倒しておいて?


 その言葉に一周回ってアイリスの中の恐怖に怒りが勝り、なんか色々と……吹っ切れた。


「……そこ退いて頂けます? 気持ちの悪い不細工な顔を私に近づけないで下さいませ? それに貴方の息、とっても臭いですし、不快です」


「え……」


 まさかそんな事を言われるだなんて全く思っていなかったし、想像すらしていなかった陽キャの痴漢ことイスマエルは驚いて。


 慌ててアイリスの上から飛び退いた。


「……それに私は、ラファエル・フォンテーヌの妻です、こんな事をして許されるとでも……本気で思ってらっしゃるの?」


 侮蔑を含んだ瞳で冷たく見据えるアイリスに、イスマエルは目を白黒させる。


「え……? あ、アイリス……?」


「……それに、ずっと思ってましたけれど、私の名を軽々しく呼ばないで頂けます? 不快です」


 アイリスの事をぷるぷると震えて何も言えない弱い子だと、イスマエルは思っていた。


 なのに、貴婦人達のように毅然とした態度でアイリスが#不快__・__#だと、意思表示し罵倒してくるから。


「え、ごめ……え? あ……あれ……?」


 アイリスの突然の変化に、イスマエルは理解出来ずに立ち尽くす。


 普段の行動から気が弱く臆病で大人しい性格に見られるアイリスだが、一度プッツンキレると相手の心が折れるまで徹底的に言い返す。


 普段大人しい子は怒ると凄く怖いのだ。




 そんな形勢逆転した二人が居る小部屋を見つけ駆け付けて来たのはラファエル公爵とアイリスの父ヴァロア男爵で。


「アイリス! 大丈夫か!?」


「あ、ラファエル様! ……はい、私は大丈夫です」


 ……私の清楚で可憐な薄幸の美少女イメージが陽キャには違うとバレたけど、たぶん大丈夫……!


 でも……ラファエル公爵はわかるとして、どうして今生の父が一緒……?


「……っイスマエル、貴様っ!」


 アイリスの無事を確認していたラファエル公爵が、イスマエルに掴みかかろうとした、瞬間。


「うちの娘になにしてくれとんじゃー!」


 と、ヴァロア男爵は叫ぶ。


 そして。


 ヴァロア男爵がイスマエルを勢い良くぶん殴って、床に叩きつけた。 


 まがりなりにも近衛を殴ってぶっ飛ばしたアイリスの父ヴァロア男爵は、なかなかの腕っ節の持ち主で。


「え……? お、お父様……!?」


 その今生の父親の突拍子もない行動に、素っ頓狂な声をつい上げてしまうのは仕方ない。


 相手は一応あんなのでも、高位貴族の家の者なのだが大丈夫かなとアイリスは父が心配になった。


 

 だが怒ったヴァロア男爵は止まらない。


「うちの馬鹿娘はなっ、部屋に引きこもってばかりで社交なんて録に出来ない不出来な子だし、可愛い顔くらいしか取り柄がないダメダメ尽くしの手のかかる子だが、私にとっては大切な娘なんだ!」


「え……お父様……?」


 ……私が大切な娘?


 そんなの嘘、だって私は。


「折角私が引きこもり娘に丁度いい縁談を取り付けて、嫁に出したというのに! 貴様、うちの娘に何をしようとしていたれ? ぶっ殺すぞ!?」


「あ、す……すいません……」


 ヴァロア男爵の激しい剣幕に、イスマエルはたじたじと視線をさ迷わせ謝罪する。


「それにフォンテーヌ公爵! うちの娘を夜会に連れてくるなど何を考えている?! 茶会くらいならまだしも夜会などアイリスにとっては地獄のようなもの! 領地で金に困らす事なく自由に遊ばせてほったらかしてくれるというから嫁に出したのに! 公爵夫人として仕事をさせるなど……正気か!」


 ……え? なにそれ……私は初耳ぃ。 


 親達が私をお飾りの妻にした理由ってそれ?


 お金だけじゃないの!?


 ヴァロア男爵の怒りは、イスマエルに対してだけではなくラファエル公爵にも飛び火する。


「え? いやそれはアイリスに、公爵夫人としての確固たる地盤を作ろうと……して……」


「そんなもんはいらん! どうせうちの娘は引きこもってるんだ、社交界の地盤など必要ない! 適当に子でも作って領地で遊ばせてくれていればいいものを」


「ですが……」


「フォンテーヌ公爵、これでは契約違反です。それに……これは聞いた話ですが、貴方はアイリスと初夜すらしていないと聞く、婚姻の不成立として娘は家に連れ帰らせて頂きます」


「……え!? ちょ……それは……」


 ヴァロア男爵が告げる事実にラファエル公爵は、なにも言い返せない。


「アイリス、家に帰るぞ!」


「お……お父様!?」


 そしてアイリスはヴァロア男爵家に連れ帰られた。


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