32 黒歴史



 帰りの馬車の中で、自分の不手際で不快にさせてすまなかったとラファエル公爵に謝罪されて逆に申し訳ない気持ちにアイリスはなってしまった。


 ……だって自分がもっと貴族らしければ、彼女も自分にあんな態度を取る事はなかっただろし、二人に謝罪させる事も無かったのだから。


 肩書きだけの公爵夫人で不出来な自分。


 貴族らしく振る舞えないからあの陽キャにも好き勝手されるし、平民にも舐められて馬鹿にされる。


 みんなが出来る事を自分は出来ないと、ジクジクとその心を蝕みアイリスが自分に自信が持てず思ったことを口に出来ないその理由は。


 両親に捨てられ売られるようにして、たった十五歳でお飾りの妻にさせられた事実で。


 アイリスにとっては、ファエル公爵の言葉や態度自分に対する行いなんてどうせ契約だけの関係だと最初から割り切っていたから、苛立ちはあったものの些末なもので。


 目の前で元彼女とラファエル公爵が何かしてても、それは他人事として傍観し不快にすらならなかった。

 

 けれど、ラファエル公爵にアイリスは謝罪されてしまい何も出来ない自分に申し訳なくなって。


 胸の底で眠っていたアイリスにとっての黒歴史が思い出されて、とても暗い気持ちになった。 


「アイリス様……お元気がございませんが、王城で何かございましたか?」


 ドレスを脱いで湯浴みを終えたアイリスに、ジェシカが心配そうに声をかける。


 アイリスの顔色がとても悪い。


 それは走馬灯のように今まで沢山やらかして来た、しょうもない失敗を思い出してアイリスは心の中で、盛大にのたうち回っているからだ。


 思い出したくないのに、しょうもない失敗ばかりが芋づる式に思い起こされアイリスはズタボロである。

 

「……ちょっと疲れちゃった、今日はもう寝るね?」


「そうでございますか、ではかしこまりました。何かございましたらお呼び下さいませ、アイリス様」


「うん、ジェシカおやすみ」


「おやすみなさいませ、アイリス様」

 

 そんなアイリスを目の当たりにしてしまった、専属メイドである侍女のジェシカは。


 アイリスの状態をとても心配して、珍しくジェシカ自らがラファエル公爵の元に赴いて直接その様子を報告する事にした。


 普段はアイリスの様子なんか聞かれても言葉を濁し、適当に執事リカルドを挟んでラファエル公爵に報告するジェシカが、それはもう鬼気迫る様子で直接報告しにきたから。


 ラファエル公爵は今日の事をとても重く受け止めて、執事リカルドを執務室に呼びつけた。


「リカルド? アイリスには公爵夫人の仕事をさせなくていい、好きなことだけやらせてやれと私は……言ったはずだが?」


「それはっ……」


「繊細で大人しい彼女に社交は無理だ、王城に来させるなんてもっての他で、屋敷から出そうとするな」


「ですが……奥様はこのフォンテーヌ公爵家の唯一の公爵夫人です、社交界に顔を出さない公爵夫人など……どこを探してもおられませんし……それに……ご両親も」


 ラファエル公爵の言葉に執事リカルドは、何か異論があるのか珍しく歯向かう。


 その様子に裏で前公爵夫妻に執事リカルドは色々と指示されているのだろう事がその言動だけでラファエル公爵には理解出来た。


「……私は彼女に公爵夫人としての役割を求めてはいない、社交活動はこれまで通り私一人で行う、父や母にリカルドお前が何を言われてるのかは知らないが、今は私がこの家の当主だ、私の命令を聞きなさい」


「……かしこまりました」


「それと……なぜアイリスは宝飾品の一つも身に付けていない? ドレスもあまりにも質素すぎる、今まで十分な予算を彼女に与えていたはずだが?」


「っ……それはアイリス様があまりそういったものを好まれませんので……それに外出される事も今まであまりなく……」


「早急にドレスと宝飾品を整えよ! 外出するしないや、公爵夫人なんて関係なく、彼女は我が妻だ、みすぼらしいドレスなど許されない」


「はい、早急に……致します」


 あまり納得していなさそうな表情の執事リカルドは、ラファエル公爵に一礼してその場を後にした。


 その後ろ姿を見送りラファエル公爵は大きな溜め息を吐く、執事リカルドが自分の命令ではなく前公爵夫妻に指示を仰ぎ行動するのは元はといえば自分が好き勝手してきたから。


 だがその好き勝手してきたツケを、自分ではなくアイリスに支払わせるような状況になってしまっている事実にラファエル公爵は頭を悩ました。


 ……アイリスと話していてわかった。


 素直で純粋そして繊細な性格のアイリスに社交界で腹芸なんて、絶対に無理だ。


 それに大人しく言い返す事も出来ないアイリスに、外の世界はあまりにも危険過ぎる。


 屋敷から出たくないのなら丁度いいと誰にも奪われないように隠していたのに、勝手に外に出しやがってとラファエル公爵はリカルドに怒り覚える。


 今日は奇跡的に気付いて助けてやれる事が出来たが、もし自分が助けなかったら……?


 背筋がぞわぞわとして考えるだけで気持ち悪く、ラファエル公爵は腸が煮え繰りかえる。


 ……ややこしいのに目を付けられた。


 あれはの皇后の生家であるブリエンヌ公爵家の息子、といっても三男だから力はないが。


 それに……アンリエット、手切れ金も渡しもう二度と関わらないと契約まで交わして終わったはずなのに。


 初めはあんな酷い性格じゃなかった、明るくてあんな態度を人に対して取るような事は決してなかったのに、いつの頃からか傲慢になった。


 考える事が山積みのラファエル公爵は、再び大きな溜め息を頭を抱えながら吐いた。

 

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