28 陽キャ怖い
見ず知らずのイケメン陽キャにナンパされるという状況に、アイリスはその顔面にメッキの如くぴったりと張り付けていた可愛らしい愛想笑いをヒクヒクとひきつらせた。
「え゛……」
「名前おしえてよ、一目惚れしちゃった」
「あ……いや、私は……」
転生前も含めてナンパされるなんてアイリスには初めての事で、この状況を切り抜ける方法を必死に考えるが恋愛経験の全くない引きこもりには何も思い浮かばない。
心の中では猛烈に威嚇するアイリスだったが、思ったことが言えない小心者で繊細な性格ゆえに上手くあしらう事が出来ずに可愛らしい愛想笑いを浮かべ続けるから。
このナンパ男はその様子に何を勘違いしたのか、あろうことかアイリスのチョコレート色の髪を一房手に取り、口づけするという暴挙に出た。
「髪、サラサラだね、あれ……どうしたの? ちゃんと家を通して婚約の打診するからさ……心配しなくても大丈夫だよ、もしかして震えてる? うわ……ほんと可愛い……子猫みたいですっごい俺好み」
怒りでプルプルとうち震えるアイリスの姿をこの男は更に勘違いし、さらに距離を詰める。
そしてアイリスのその頬に手で触れようとして。
「ひっ……いや……!」
流石のアイリスでもこれには我慢ならなかったのか、咄嗟に拒否し手を叩き落とし後ずさる。
「あ、ごめ……嫌だった?」
『嫌に決まってるだろ!』
と、叫びたいが何も言えない自分にアイリスは、拳を握り黙って睨み付ける事しか出来ない。
ただ、くりくりぱっちりおめめのアイリスが睨み付けた所で、この男からしてみればじっと此方を可愛い令嬢が見つめてくるという状況でしかなくて。
なんの意味も為さないが。
「あの、私っ……ここからはもう一人で大丈夫なので、ごめんなさい! 失礼します」
もうここは争うよりも逃げるが勝ちだとアイリスは判断し、踵をかえして反対方向に足を踏み出す。
「え、ちょっと? ……待ってよ」
その場から逃げ去ろうとするアイリスの手を無遠慮に掴んで、男はその胸に抱き寄せた。
「っひ、え、なんで? やめ……」
「名前、まだ聞いてないよ? それに、ほんとに一目惚れしたんだよね、だから逃がさないよ……?」
何が逃がさないよだ!
これだから陽キャなんて嫌いなんだ!
なんで陽キャって自分勝手なの?!
「やめて下さい、やだ、離して!」
「名前教えてくれたら離してあげる、君すごくいい匂いがするね……いっそこのまま連れて帰ろうかな……」
何コレ、陽キャじゃなくて実は痴漢……?
誘拐ほのめかしてるし……?
どうして私、初対面の男にこんなことされて?
え、もしや貴族はコレが常識なのか……!?
そんな常識は存在しないが、実際に知らぬ男に突然迫られてほぼ痴漢行為を受け万事休す状態なアイリスは動転して色々とそれ所じゃなかった。
そんなアイリス絶体絶命の危機に。
「イスマエル! 貴様一体何をしている!」
「げっ、隊長……! ちょっと邪魔しないで貰えます? 俺いま運命の相手との出会い中なんで!」
近衛隊の待機所の近くでアイリスがナンパ男に言い寄られていた為に、ラファエル公爵がその光景を目撃する事になり。
「だがらイスマエル貴様、何をしている?」
「いや、何って……運命の相手と……あ、ちょ?!」
ラファエル公爵はアイリスからイスマエルを引き剥がし自分の所に引き寄せる。
「……これは私の妻だが、イスマエルお前は私の妻に一体何を……していたんだ?」
ナンパ男イスマエルはその言葉に顔をひきつらせ、ラファエル公爵から視線を外しアイリスを見る。
ふるふると打ち震え、今にも涙が溢れ落ちそうな公爵夫人であるアイリスをイスマエルはその視界に入れてそして尋ねた。
「……妻? え、じゃあフォンテーヌ公爵夫人?」
「っう、……はい」
「あー……まじか……」
「イスマエル、この件については君の家に厳重に抗議させて頂くからな、……ただで済むとおもうなよ?」
そう呆然とするイスマエルに言い捨てて、ラファエル公爵はアイリスを連れて自分の執務室に戻る。
そしてラファエル公爵に言い捨てられて呆然とするイスマエルは、ガックリと肩を落としその場に座り込んで。
「えー、あの子……人妻だったの!? てか、隊長の嫁って人前に出せない位不細工で不出来だから領地に追いやられたって噂、あれ嘘じゃん! うわ最悪……どうしよ……俺、諦められないんだけど……!?」
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