20 息が詰まる



 ラファエル公爵のお膝に乗せられたまま馬車はフォンテーヌ公爵家のお屋敷の前に停車して。


 馬車の扉を外から開けた執事リカルドにその姿をバッチリ目撃されて羞恥に耐えるはめになりました。


 確かに? 


 馬車の席は座り難かったし、ラファエル公爵のお膝の上にいたら尻も痛まずに済んだ。


 だがこれは恥ずかし過ぎて辛い、きっと私は耳まで赤く染まっていただろう。


 馬車から降ろされた後、ラファエル公爵と執事リカルドに対して無言で部屋に帰ったけどこれは私は悪くない。


 それに何が『いやだ』だよ!?


 見た目とかその美しい所作は、ほんと洗練されててイケメンで一瞬ドキッと胸が高鳴るのに。


 ラファエル公爵の強引な所が私は苦手だ。


 糞親との相対評価で少しだけ上がったラファエル公爵の評価が瞬く間に下がった瞬間である。


「アイリス様、どうされました? ご気分でも優れませんか? お医者様をお呼びしますか?」


「ジェシカありがと、でも体調は問題ないよ? ちょっと公爵様の行いに腹を立てていただけ」


「そうでございますか? もし何かあれば直ぐにおっしゃって下さいませね。では……とりあえずアイリス様、ドレス脱ぎます?」


「うん、脱ぎたい……疲れたよ」


 赤い顔で部屋に戻れば、ジェシカが直ぐにやって来てドレスを脱ぐ手伝いをしてくれる。


 ドレスはお茶会用で夜会用よりは軽装でも一人で脱ぐのはとても難しいし、無理に脱げば破れてしまう。


 なのでメイドのお手伝いが必須なのだ。




「そういえば本日はラファエル公爵様とアイリス様はご一緒にご帰宅されましたが……何かありましたか?」


「え……あー……そうだね……乗せられた」


「はい……?」


「っ公爵様のお膝の上に乗せられて抱っこされた! めちゃくちゃ恥ずかしくて死にそうだった……!」


「うわあ……それはまた……アイリス様……大変でしたね? お疲れ様でございます……」


 ジェシカに『うわあ……』って引かれた。


 そりゃみんな嫌だよね、恥ずかしいよね……!

 

「いやもうあれは大変どころじゃないよ?! これならアイリーン皇太子妃殿下に着いて皇后陛下にご挨拶に行けばよかった……あ、公爵様に仔細を話すの忘れてた……!」


「えっ……皇后陛下……!?」


「うー……あまり行きたくないけど、ちょっと公爵様の所行って話してくる……執務室かな……?」


「たぶんそうだと……思われますが、大丈夫です?」


 大丈夫ではないけど、報告しておかないとそれはそれで後で面倒そうだしすごく嫌だが行くしかない。


 ほんと……貴族って面倒。


 引きこもりの私に公爵夫人は務まらない、早くそれに気づいてくれラファエル公爵。


 ジェシカに手伝ってもらい普段着のワンピースに着替えてラファエル公爵の所へ向かう。


 私が行くと伝えて貰ってるからたぶん執務室でラファエル公爵は待っていてくれるだろう。


 

 ……扉、ノックしたくないなぁ。


 あんな恥ずかしい事があったばかりで、どんな顔してラファエル公爵に私は会えばいいのか。


 さっきは恥ずかしくて無言で部屋に帰っちゃったし、マナー違反なんだけど。


 それはどう考えてもラファエル公爵が悪くて、私は何も悪くないんだから気に病む必要なんてないけど。


 けど……けどっ!


 やむにやまれない理由があったとしても、貴族としてはマナー違反しちゃったから謝罪からすべき。


 ……なんだよね。


 目の前には大きくて重厚な木製の一枚扉。


 それをノックして開けるという行為を想像するだけで息が詰まって、胸が苦しい。


 ラファエル公爵に何を言われるのか。


 怒鳴るような人ではなさそうだし、罵倒はされなさそうだけど……でもやっぱり怒られそう。


 逃げ出したい、だから王都なんて来たくなかったし、お茶会なんて出席したくなかった。


 お茶会自体はアイリーン王太子妃殿下や貴婦人の方々がとても優しく話しかけてくれて、すごく楽しかったし嫌な思いなんてしなかった。


 なのにどうして今こんな気持ちになっているのか、それはたぶん私が公爵夫人には身分不相応だからだ。

 

 私はどう頑張ってもアイリーン王太子妃殿下みたいにはなれないし、姉のように明るくもなれない。


 異世界転生したところで元々持っている暗い性格は決して変わらないし、変えられない。


 今生の親の言葉が胸に突き刺さってとれない。


 ラファエル公爵の寵愛を受ければ、そして子を産めば何か変わるのだろうか?

 

 きっと父親だけでなくラファエル公爵もそれを望んでるのかな、やっぱり。


 私に恋してるとかラファエル公爵は言っていたし、閨を共にすることを……望んでらっしゃるのだろう。


 その程度しか……私に価値はない。


 そう結論付けていると目の前の扉がまた開いて。


「ああ、部屋の前にいたのかアイリス、遅いからどうしたかと思ったが……大丈夫か? 顔色が悪……い」


「っ公爵……様……っ」


「え!? あ、アイリス……どうして泣いて……私が何かしてしまったのか?! もしやさっきのアレそんなに、嫌だったか?! す、すまないつい調子に乗った……だから、その泣かないで?」

 

「もう……私、領地に帰りたい……です……」


「……アイリス?」

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