5 素晴らしき引きこもり生活
それからの日々は特に何か珍しい事があるわけでもなく、ゆっくりゆっくりと無駄に時間が過ぎ去っていった。
実家の男爵家では専属のメイドなんて贅沢なものはアイリスにはいなかったが、たとえお飾りでも公爵夫人となったら専属メイドジェシカが付いた。
ジェシカは赤茶色の髪を三つ編みにした女の子で、とても気が利くなかなかいいメイドだった。
年は私より年上だったが流石公爵家の使用人。
ちゃんと敬語で丁寧に話してくれるし、頼んだ仕事はしっかりとこなしてくれて。
とても助かっている。
それに引きこもる私に無理にぐいぐい関わって媚びて来ないのも気に入ったし、それにラファエル公爵の事を話題に出してこないのもお気にいりのポイントである。
ラファエル公爵のどこが嫌いとかではなかったが、話題に出されても正直数度しか会った事のない夫の話なんて興味がないし、話をふられた所で困るのである。
例に例えて何が困っているかあげるならば。
それは執事リカルドとの会話だ。
「最近ラファエル公爵様は、お仕事がお忙しいみたいで」
「……あら、そうなのですね」
というよくわからない近況報告を、執事は何故かちょこちょことアイリスとの会話に挟んでくるのだ。
この壮年の執事リカルドは、仕事はキッチリこなしてくれて信頼出来る使用人なのだが。
ちょこちょことラファエル公爵についての話題を、脈絡もなくその話しに入れてくる。
それが大変面倒くさい。
正直「そうなのですね」くらいの返答しか出来ないしやめて欲しいのだが、一応この家の主人についての話題なのでやめてとは言いにくい。
まあお飾りの妻生活で面倒な事なんてそれくらいで。
仕事は何もしなくていいとラファエル公爵に結婚式の日に言われているので、アイリスはのんびりと引きこもって好きなだけ遊んで屋敷から出ることなく過ごした。
ただ完全に引きこもっていると筋力が衰えるという事が馬車の件でわかったので、たまにだったが執事リカルドのお手伝いはした。
本当は公爵夫人である私がやらねばいけない領地の管理は執事リカルドが代行してやってくれていて、私がやったのはそれの簡単なお手伝い程度である。
それ以外は本当に好きなだけゴロゴロしたしダラダラもして、お飾りの妻としてこの屋敷で過ごした。
そうして私は貴族令嬢として一番楽しいであろう特別な時期を全て無駄にして過ごした。
貴族令嬢といってもこの世界の令嬢が結婚するのはだいたい十八歳くらいで、婚約者がいてもそれまではお茶会に行ったりして友人を作ったりする。
そして夜会に婚約者と参加してキラキラとした楽しい期間をデビュタントから数年は過ごし、社会経験を積んでから結婚していくのだ。
なのに、私はずっーと領地のこの豪華なお屋敷でその期間を無駄にして一人ぼっちで過ごした。
アイリスはこの領地、というか屋敷から出ることを夫であるラファエル公爵から許されていないからだ。
そりゃお飾りでしかない妻が、公爵夫人として大きな顔をして社交界に出ればラファエル公爵としては面倒だろうし。
自分は平民の彼女と夜会に遊びに行っているのに、そこでもしお飾りの妻と愛しい恋人がばったり会ってしまったらラファエル公爵はさぞかし困るだろう。
だからこの領地の屋敷に私は住むことになったわけで、別にそれはいいんですけどね?
お家に引きこもってるの大好きですし。
それに無駄こそ最大の贅沢っていうし?
私ってすごい贅沢者、つまり私はセレブっていうやつである!
ああ、なんて……。
素晴らしき引きこもり生活だろうか?
お飾りの妻って、素敵だね?
『前世は引きこもりだったから』
『この生活が楽しい』
とたとえ強がってアイリスが言っていたとしても、お飾りの妻にされてしまったアイリスはどこにでもいる普通の18歳の貴族令嬢だったから。
その境遇にアイリスの心は。
そして一年、二年と三年とアイリスの時間は穏やかに無駄に消費されて過ぎて去っていった。
だがある日突然。
結婚式から三年たった頃にその呼び出しはやってきた。
夫であるラファエル公爵から王都の屋敷に来るようにとの、謎のお呼び出しである。
あれ……、私なんかしたっけな……?
と、自分の胸に手を当てて考えてみるが。
三年間屋敷に引きこもって遊んでいただけである。
立派に何も問題を起こすことなくちゃんと私は屋敷にいた。
私は立派なお飾りの妻をしていた!
あれ、なんで!?
という疑問符を抱えながら。
私は。
ドナドナドナ……ドナドナドナ……。
馬車に乗って、尻を痛めながら王都に向かう事になった。
ああっ、クッション忘れた……。
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