4 誓い



 王都から馬車で2時間ほどのそこそこ近い距離にあるフォンテーヌ公爵家領地には大きな町もあってとても栄えていた。


 そんな栄えた町の外れにある領主の館は、王都のお屋敷に見劣りすることなく大変豪華で品も良いし庭も綺麗に整備されていて。

 とても美しかった。


 それにここの使用人達も、初めて会う公爵夫人となった私にすごく丁寧に対応してくれて。

 ここなら穏やかに暮らせそうだと、そう思わせて安心させてくれた。


「どうぞ、こちらが奥様のお部屋になります」


 そして壮年の執事に案内されて、やってきたのは私の部屋。


 その部屋は屋敷の二階にあって日当たりも良く、美し花々が咲き誇る庭が一望出来て。

 引きこもるには最適のお部屋だった。


「ありがとう、素敵なお部屋ですね」


「それはようございました。ですがもしデザイン等がお気に召さない物がございましたら、なんなりと私にお申し付けくださいませ。すぐに業者を手配致します」


「ええ、ありがとう。そうだ、貴方のお名前を伺ってなかったですわね? 私の事は知っているでしょうけど……アイリスです、貴方は?」


「私はリカルドでございます奥様、リカルドとお気軽にお呼びくださいませ」


「リカルド……ね。リカルドはここに勤めて長いの?」


「はい私はこのフォンテーヌ公爵家にお仕えさせていただきまして、もう30年ほどになります」


「まあ、そんなに長く? すごいですね……」


「いえいえ、まだまだ若輩者でございます、ですので至らぬ点がございましたらいつでもご指摘いただけますと助かります」


 執事リカルドは、人好きする柔らかな笑顔で優しく微笑み、私の緊張を解こうとしてくれる。


 だがこの緊張感を私は絶対に忘れてはいけない。

 素敵な引きこもりライフ維持の為には完璧なお飾りの妻、お飾りの公爵夫人を演じねばならぬのだから!


 そして素は決してだしてはいけない。


 アイリスの素なんてものは、ずぼらを絵に描いたような姿であるし、一日中ベッドかソファでゴロゴロしているし、足癖が悪く扉は足で閉めたりする。


 この可愛らしく儚げな見た目がアイリスになかったら、その行動はどこからどうみてもずぼらなオバチャンなのである。


 そしてそんな素を人様に見せれば、清楚で可憐、薄幸の美少女というアイリスが頑張って築き上げたメッキが剥がれ崩れ去ってしまう。


 この完璧なメッキのおかげで転生しても素敵な引きこもりライフを楽しめてきたのだから、これは絶対になにがなんでも死守しなければならない。


 だが薄幸の美少女設定はいいぞとアイリスは語る。


 部屋に引きこもってるだけで深窓の令嬢だと褒められるし、誰も外に無理に連れ出そうとしたりしない。


 別に動くの自体はそんなに嫌いじゃないが、外に出るという行為があまり好きじゃないと引きこもりは続けて語る。



 さあ、それでは!


 私の素晴らしきお飾りの妻ライフが堂々と幕を開ける!


 まあお飾りの妻とは一言に言っても特にやることはない。


 だからまあ。


 『静かに問題を起こさず暮らす』


 というとてもアバウトな夫のご命令には従いつつ、それに加えて教会で昨日神様に誓ったようにグータラして頑張らないで過ごすのもこの生活の目標である。


 まあつまりはそういうことなので。


 アイリスは大人しく屋敷に引きこもって遊ぶ。


 ただ一概に引きこもって遊ぶとは言っても、現代と違ってこの世界には引きこもって楽しめる娯楽がすごく少ないのだ。


 前世ならば。

 パソコンにスマホがあったし暇潰しには事欠かなかったが、この世界で令嬢が室内でやってもいい暇潰しなんて裁縫に読書くらいで。

 他には音楽と絵画なんてのもあるが、それは金が馬鹿みたいに沢山かかる。


 公爵家で問題が起こらない、公爵家に迷惑がかからない、そしてお飾りの妻らしい金のかからない遊びだと。


 裁縫関係は実家の男爵家でも結構遊び倒したから、刺繍とか編み物とかそこそこの腕前にはなった。


 だけどあれ。

 ずっとやってるとめっちゃ肩が凝るんだよなとつい思い出して、アイリスは肩を回す。


 そしてあとは読書だが。


 この国にはあんまり面白い本がなくて、他国の本を辞書で訳しながら最近は読んでいる。


 これがまあ結構面白いんだ。


 えっちで下世話な酷い内容の本を読んでいても周りは読めないから、そんなのを私が読んでるとバレないし!



 そして。


 一人きりになった部屋でとりあえずアイリスは。


「お疲れ様、私、良く頑張った! えらいぞ!」


 自分自身に労いの言葉をかけた。


 そんな優しい言葉なんて、お飾りの妻アイリスには誰もかけてくれないから。


 ……と、感傷に浸りながらアイリスは周囲を入念に確認してからこっそりと尻を擦り。


「お尻……痛い……今度馬車乗るときはクッション持ってこ」


 そう、心に誓った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る