2 小躍りする初夜



「ふふふふーん♪」


 つい鼻歌を口ずさんでしまうのを許して欲しい。


 だって今日からアイリスは、念願の夢であったお飾りの妻になったのだから。


 夫が来ないとわかっている初夜の寝室で、まだ幼い新妻がご機嫌に鼻歌を口ずさみ。


 そして楽しそうに小躍りしてるなんて。


 誰がそれを想像出来ただろうか?


 いやそれは決して誰も出来ないだろう。

 くるくるとご機嫌な小躍りはヒートアップし軽快なステップまで美しく決めてしまうのは、舞い上がるようなその心の現れだろう。


 もう淑女教育もお茶会も夜会にだって行かなくていい、それに息が詰まりそうなコルセットからも重くダサいドレスからも今日で解放される。


 領地で引きこもってお飾りの妻生活ならば来客がくることもなく、日がな一日のんびりベットでゴロゴロも余裕で出来るだろう。


 確かに夫になったラファエル公爵は艶々とした真っ黒な髪に、黄金の瞳で目鼻立ちも整っていてイケメンだとはアイリスも思う。


 背もなかなか高くて見映えもするし、王城で近衛隊長をしているからきっと身体もさぞかし素晴らしいのだろう。


 だが前世引きこもりで男性経験皆無だったアイリスからすれば、ラファエルの美貌はゲームのキャラクターのようでどこか現実味がない。


 それに彼女持ちに恋をした所でそれは辛いだけだし、ラファエルとの初めての顔合わせの前から両親に。


『これは契約結婚であって彼とはまともな夫婦にはなれない』


 そう知らされていたから、恋をしてはいけないと自分に言い聞かせた。


 だから初夜も必要ないと笑顔でお断りした。


 下手にそれで情が湧いても困るし。


 それに乙女チックかもしれないがどうせならそういうのは……好きな人としたい。


 まあ私は、一生これからお飾りの妻予定の女だから清らかな身体のままだろうけど!


「リア充爆発しろ」


 そうぼそりと呟くのも許して欲しい、前世も恋愛したことがなかったんだ。


 恋愛が面倒だと言うわりに、アイリスの心の中は幸せそうな恋人達への妬みでいっぱいである!


 そして輝く穏やかな未来に期待を胸いっぱいに高鳴らせて、アイリスはその喜びに舞い踊り、瞳をキラキラと輝かせた。


 公爵家の夫婦の寝室の外で、その鼻歌が啜り泣く声に聞こえてしまったメイド達が可哀想な奥様と哀れんでいたなんてご機嫌なアイリスは知らない。


 それが後に公爵ラファエルに伝えられて、罪悪感を抱く切っ掛けになることもアイリスは知らない。


 それが後にお飾りの妻生活を終了させる為の第一歩だったなんて、アイリスが知る由もない。


 きっとそれを知っていたら。

 無言で大人しくその日は寝ただろうし、もしかしたら悪妻を演じたかもしれない。




 そして、翌日。

 待ちに待った新天地というか終の棲家への出発の朝である。


 もちろんそこには夫であるラファエルの姿はないし、見送りもない。


 今頃夫であるラファエルは公爵家の離れで平民の美人な恋人と、イチャイチャとお楽しみしている事だろう。


 アイリス的には見送りに来られてもそれはそれで面倒だし迷惑だし、まあどうでもいいかと気にしない。


 だが公爵の見送りが無くても全く気にしないアイリスの姿が、公爵家の使用人達には無理してそう装ってるように見えてしまい。


 それがまた使用人達の同情を誘ってしまう。

 それがまたお飾りの妻生活を終了させる一歩になってるなんて、やっぱりアイリスは知らないし。


 知っていたら、見送りの一つもないのかと、使用人達の前でわめき散らす演技をしたかもしれない。


 そしてお飾りの妻アイリスは。


「皆さん、短い間でしたがお世話になりました、もうお会い出来ることはないと存じますが、ありがとう、さよなら」


 そうアイリスは笑顔で公爵家の使用人達に笑顔で告げて、用意された馬車に一人で乗る。


 そこには付き添いのメイドすらいない。


 わずか十五歳の公爵夫人は泣き言をなに一つ洩らすことなく、公爵家の領地にたった一人で向かう。

 

 その小さく幼い後ろ姿に公爵家の使用人達はら胸を打たれ涙を溢しその辛い身の上に同情した。


 そして新妻の見送りにすら来なかった主人であるラファエル公爵に、使用人達は激しく憤る。


 公爵家の使用人達は平民の恋人ではなく貴族令嬢のアイリスに、公爵夫人に仕えたかったからだ。


 せっかく公爵家に仕える事が出来たのにお姫様ではなく、平民に頭を垂れるなど使用人達のプライドが許さないし。


 貴族令嬢が嫁いでくると知って公爵家の使用人達は喜んでいたのに、公爵夫人となったアイリスを領地の屋敷に一人で追いやるなんて使用人達は納得がいかない。


 それに初夜もろくに行わず平民女の所に行くなんて。


 アイリスを見送った使用人達は、どうにかして公爵夫人を領地から戻せないかと画策を始めた。

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