引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅

1 お飾りの妻始めます




 鐘の音が鳴り響く荘厳な教会で、指輪の交換をさくさくとこなし。


 誓いのキスは、フリで済まして。


 私はこの世界の神に高らかに誓いましょう、立派なお飾りの妻になる事を。


 そしてぐーたらすることを、決してがんばらない事を!


 そしてまだ十五歳の、デビュタントをつい先日終えたばかりの男爵令嬢アイリスは。


 冷徹公爵と呼ばれるラファエルのお飾りの妻になった。




 それは契約結婚。

 それはお互いになにかしらの利があって、秘密裏に結ばれた特別な契約だ。


 ふわりふわりと軽やかに揺れる純白のウェディングドレスに身を包むのは、まだ幼さの残る可愛らしい少女。


 にっこりと夫となる男に笑いかける。

 この結婚はただの契約であってそこに愛はない、夫となるその男に一生愛される事が無いと知りながらその少女は可愛らしく微笑んだ。


 まだ年端もいかないデビュタントを終えたばかりの少女には可哀想な事をしていると、その少女の両親も夫となる男もわかってはいた。


 だがそれは両家にとって利となる契約であって、貴族令嬢の婚姻など家の利益の為になされるもの。


 だからその契約は滞りなく結ばれた。


「アイリス、前にも言ったが私は君を女性として愛するつもりは全くない、君は一生お飾りの妻だ。それは……わかっているね?」


「はい、承知しております」


「……君には明日予定どおり領地の屋敷に一人で向かって貰う、そこで静かに問題を起こさずに暮らすんだ、それが君の大事な仕事だよ、それ以外は君に求めないし、何もやらなくていい」


「はい、かしこまりました旦那様」


 反抗することもなくアイリスは夫となった男の、その冷たい指示に大人しく従った。


 普通の貴族令嬢ならば、結婚したばかりの夫にこんなことを言われれば泣き出したり怒ったり癇癪を起こしたりする。


 だがアイリスはたんたんとその指示を大人しく受け入れて、笑顔で返事をした。


「あとは、初夜だが……」


「必要ありません、屋敷の方もご承知だとお聞きしました」


「……ああ、そうか。なら私は彼女の元へ戻るよ」


「はい、旦那様!」


「ああ……、息災、でな」 

 

 いましがた夫となった男が愛する恋人のもとへ帰るのを、アイリスは純白のウェディングドレス姿で笑顔で見送った。


 その姿はとっても健気で。


 その光景を見守った公爵家の使用人達は。


 胸が苦しくなった。


 


 ああ、やっと……! やっと……!


 私はお飾りの妻という素晴らしいポジションを手に入れた!


 この世界に転生し、苦節15年!

 面倒な初夜も回避したしあとは公爵家の領地で、のんびりスローライフが私を待っている。


 普通の令嬢ならばきっとお飾りの妻なんて泣いて嫌がるだろうけれど、引きこもりを極めた私ならば!


 引きこもりだった私ならば。

 お飾りの妻を、有意義に充実して完璧に過ごしてみせましょう!


 領地で充実した引きこもりライフが待っている、勉強もお茶会も社交もないなんて。


 なんて素晴らしい!

 多少の外出はあるかどうかわからないけど、いやそれでも!


 面倒な恋愛もお見合いも全てを回避出来るお飾りの妻、なんと素晴らしい響きか!


 一日中ソファでごろ寝して、無駄に人生を過ごしてやるぞ!


 その意気込みは無駄に十分で。

 前世で死んだ時はこの世の不幸を呪ったけれど、貴族令嬢なんて糞面倒な身分に生まれた時も呪ったけれど。


 ああ、神様ありがとう!


 この世界に転生させてくれてありがとう!


 なんてここは素晴らしい世界なのか!


 貴族万歳! ひゃっほう!


 死ぬまでぐーたらしてやると、教会で私が誓っていたなんて誰も気づかないだろう。


 ほら! 私の見た目、薄幸の美少女だから!


 めっちゃ、か弱そうだし心も弱そうだし?


 鏡に映るアイリスのその姿は。


 少し癖のある茶髪に茶色の瞳でどこにでもいそうな感じ、だがどこか儚げで薄幸の美少女のソレである。


 アイリスは運動が嫌いだし。


 一日中ベットでゴロゴロしてるから。


 なにもやる気が出ない時は体調が悪そうにすれば、この見目と普段の行動ならばみんな簡単に信じてくれるからとても気に入っている。


 そして男爵令嬢アイリスは。


 この日公爵夫人アイリスとしてランクアップして、愛のない契約結婚により立派なお飾りの妻になったのだった。


 

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