観光計画

 さて、これからどうしようか。

 

 部屋の扉を押し開け、ふとそう思う。

 この町へはただ観光に来ただけだったはずが、いつの間にかずいぶんな大事になってしまった。こんなことならこなきゃよかったと思わなくも無かったが、こっちの人間の文化を現地の視点で見られるというのはアイン共々世間に不慣れな僕にとっては魅力的な話だ。

 たとえ今から過去に戻れようが、今の僕ならきっと同じ選択を取るだろう。

 ……ばかだなぁ


 自分の好奇心にそう賞賛を送りながらも、僕は廊下から表へと続く扉を開いた。

 すると、

 

「ラ、ラライアさん!!ほら、アレ!!」


 最初に聞こえたのは、何やら聞き覚えのある悲鳴のような声。

 それに目をやろうとして、


「フードさん!ご無事ですか!?」

「うおっ!」


 突然がしっと掴まれた両肩に肩を大きく跳ねさせた。

 その突然のことに思わず面くらいながらも、僕はその手の主の名を口にする。


「な、なんだラライア。驚いたじゃないか」


 そう、そこにいたのは先ほどこのロビーで別れた筈のラライアだったのだ。

 だったのだが……にしては、なんだ。


 「随分と……疲れてるんだな?」


 そう、僕の肩にしがみつくようにして立っている彼は肩を上下させ、垂れる汗をぬぐいもせずに顎から滴らせているような。

 そんな様子だったのだ。

 別れる前の話では依頼の報告に行くという話だったが……そんなに厄介な依頼主だったのだろうか。

 にしたって報告で疲れるようなことなんてないと思うんだが、


 そんな的外れであろうことを考えていると、


「フ、フードさん。今回は、すいませんでした!」


 突然ラライアは謝罪の言葉を口にしたのだった。

 あぁ、なんだって今日はこんな奴らばっかりなんだ。

 そんなラライアの様子に思わずそう愚痴りたくなる気持ちを飲みこみながら、


「落ち着け。いきなり言われても話が見えないぞ。」


 僕はそう伝えた。

 それにラライアはハッしたような様子を見せると一つ深呼吸。

 そうして落ち着いた様子を見せるとこう言った。


「……そうですね、すいません。では改めて。安易に登録を促した上にその後を他人に任せたこと。ここにお詫びいたします」


 そう真剣な顔で詫びるラライアに僕は首を傾げた。


「それの何を詫びる?その件に関してどころか、僕がお前に関わって被った被害など最初に刺されたくらいがせいぜいだぞ?」

「それは……嬉しいような、心が痛いような複雑な気分なのですが、それとは別に。今回私が貴方に登録を勧めた理由は、あくまでギルドに登録することで得られる外で活動する際の恩恵にあったのです。あれは登録した瞬間から有効になる特権では有るのですが、級が上がるごとにその恩恵が大きくなると言うことはありません。ですので、その恩恵の為なら登録するだけで良かったのですが……」


 ……なるほど。

 それだけが目的なら、貴方の努力に意味はなかった、と。

 申し訳なさそうなラライアが言おうとしたのはそういった類の言葉なのだろう。

 だが、だ。

 

「そうか。わざわざ気にしてくれた分にはうれしいが、少し待ってくれ。お前は自分の説明不足で僕が危険に身をさらしたとを謝ろうとしているんだろうが、今回の件は僕の意思だ。」


 そう、ラライアに特典を勧められ加入することを決めたギルドではあったが、もとより僕は自身の力量を計る必要はあったのだ。

 なんせ、

 

「僕の記憶には問題がある」

「記憶に……問題?」

「あぁ。ざっくり言うなら、今の僕と記憶の中の僕には大きな乖離があるんだ。たとえば、記憶の中の僕は翼竜をトカゲ扱いできるほどに強い。……だが実際はどうだ。

 先ほどの試験ではあの程度の相手に辛勝するレベル。この調子なら、いつかは過去の感覚で戦える敵を見誤ってしまうかもしれない。そのためにも、しっかりと今現在の僕の力を見定めておく必要があったんだ。」


 そういうと、ラライアはなにか口ごもるような様子を見せた後、一つ息を吐いた。


「……それで、何かつかめましたか?」

「ん~、まぁ少し、か?とりあえず底は見えた。……少なくとも今のな」

「そうですか。収穫があったのなら何よりですが……少なくとも私がそばに居る時には一つ報告をお願いします。そうすれば……私の精神衛生上助かりますので」

「あぁ、約束しよう」


 そういうと、ラライアはようやく肩から手を除けてこう言った。


「……さぁ!ここからは切り替えていきましょう。フードさん。観光、でしたよね。どんなところがお望みですか。」


 その言葉に僕は体の痛みも忘れて飛び跳ねた。

 

「お!やっとか!」

「はい、お待たせしました。予定より少し遅くなってしまいましたが、まだ主だった場所を巡るには十分時間はあります。」

「ほう」


 その言葉に僕は顎を手で支え、少し考えた。

 主だった場所……おそらくだが観光名所のような類の場所だろう。

 そういった場所に興味が無いといえば嘘になるがどちらかといえば、この町の。あるいは世界の風俗が見られるような場所が好ましい。

 そう考えるのなら、なるべく人の多い場所。

 つまり……


「このあたりで店が並んでいるような場所はあるか?まずはそこをみてみたい。」


 僕はラライアにそう尋ねた。


「そう……ですね。でしたら近くのガランダル通りは如何でしょう。もとより冒険者の為にできた通りなので、利用者は偏ってしまいますが、フードさんのご要望には一致してるかと」


 ガランダル通り……いわゆる商店街のようなものだろうか。そうだった場合、ラライアの言う通り、僕の見たいものはまさしくそういった場所だ。


「それじゃあそこでお願いする」


 そう伝えると、ラライアは嬉しそうに、


「わかりました。私の言っていた料理店というのもここの通りにあるんですよ。残念ながら昼は空いていないのですが、予約なら昼からできますのでそのついでに紹介しますね」


 「……あ、」


 しまった。

 つい吐き出しかけた言葉の続きをとっさに飲み込む。

 

「? どうかしましたか?」

「い、いや。何でもない。観光がたのしみだなーとか思って。」

「おや、一見ドライなフードさんも子供っぽいところがあるんですね」


 そう愉快そうに微笑むラライアだったが、僕の方はそうもいかない。

 というのも、舌だ。

 舌の開発だ。


 このままでは、味もしないものをさぞ旨そうに食う演技をしなければなくなる。

 ……いや、正直そんな気まずさで地獄を見ることすら些事だ。

 一番まずいのは、この体はそもそも食事をとることを想定していなかったという点だ。

 僕の体の中身にあるのは胃袋ではなく道具袋。

 つまりこのままではかみ砕いた食事と、せっかく持ってきた貴重そうな資料たちが漏れなくご臨終だ。


 昼は観光だという予定だったが、何とかして時間を作らねば。


 ひそかに決めたそんな決意とともに、僕のトライア観光計画は始まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る