キッカイ

 そうしてにらめっこを続けた次の日。

 僕は姿見と共に、小屋の中へと移っていた。


 その中で思わず呻く。


「……うーん」


 いや、確かに肉は均したのだ。腕や首などの主な所から、指先や耳といった細かい所まで。

 そうして整えられた肉だけで見るならそこそこ見れた形だったと思うんだが……


「まさか皮を付けるだけでここまで不細工になろうとは……」


 そう呟く僕の視線の先にはひどく皺の寄り、いっそアシンメトリーな芸術とでも言われた方が納得できるような奇怪な生物が居た。

 いやぁ、皮をかぶせるだけでずいぶんと……見違えるもんだ。

 

 先程までに感じたものを、人体模型等の本来動かない物が動くという恐怖だと例えるのなら、今の僕が外見から与えるのは実験で体をいじられたバケモノに感じる様な恐怖だ。

 個人的には後者の方が苦手だったりする。……まぁ、それが今の僕なんだが。


「……はぁ」


 そう内心でつぶやいてから思わずため息を吐いた。

 まいったな。こんなナリじゃ、仮に人間と出会ってもまず間違いなくバケモノ扱いだろう。本来の目的は利便性を上げることでこそあったものの、一応は森の外に出たときのことを考えてのこの肉だったというのに……


 まぁ、良いや。外見など後からいくらでもいじれるし、少なくとも、このあたりで人間に出くわすことは無いだろう。それより問題は、だ。


 そう切り替えつつ、僕は手で顎を支え、腕と足を組んだ。昔からの考える時の癖だ。


 その内容と言うのが、今日……いや、昨日の夕方の失態だった。

 確かに臨死魔術を得て、調子に乗っていたことも否定はできないのだが、実際問題、あんなことはありえない筈なのだ。

 

 こちらが血を撒こうとする意図にいち早く気づき、木陰に隠れる?それもたかだか野生動物が?

 あり得る筈が無い。

 そもそも、あの戦術の強みは、臨死魔術という使い手の少ない魔術のニッチさによる初見殺しと、理解しても相手が群れている限り発動の条件を回避する難易度が高いことにある。そんなものをウサギごときに知られている上、血が降り注ぐ速度より早く雨宿りできると来ちゃあ、こっちもどうしようもないのだが……そもそもなんで知ってんだよ。


「……ちょっと待て?」


 そう悩んで居た所、突然降ってきた天啓のような想像に思わず僕はそう声を上げた。

 そうだ。そもそも、「臨死魔術の使い手は少ない」のだ。

 そして僕の知りうる限り、その使い手はもう一人しか居ないことに加え、ここは森の中という閉鎖的な空間。

 もしかしなくてもこれは……

 

 そう考えた僕は、机の上の魔術所を手に取った。そうして少しの間の視聴の後……


「……あぁ、やっぱりか」


 僕はそう呟いた。

 今しがた見た光景によれば、この小屋の持ち主であるアイン・シュバルツ。彼は何度か狩りのために暴兎と相対しているようなのだ。

 確かにその術も、出来ることなんかも、僕なんかとは比べ物にならない程素晴らしい物ではあったのだが、コイツ。敢えてか知らないが、狩りの度にわざとウサギを何羽か逃がしているようなのだ。

 確かに、何匹か残しておけば勝手に増え、また狩れるのかもしれないが、こいつは考えなかったのだろうか。逃がした奴がその情報を伝え、群れが学習するということを。


 確かに、昔の知識のままでは何を馬鹿なと一笑に付すような内容ではあるものの、実はこの世界ではそう珍しいことでも無かったりする。と言うのも、魔力と言う不可思議なエネルギーのおかげで、この世界の生物は大概奇妙な進化を遂げているのだった。

 森を泳ぐ鯨、煙を吐きだして獲物の位置を特定する蛇。

 そんな中に、仲間内でテレパシーを送れるウサギが居た所で何をいまさらという話だろう。

 

 実際、あの群れの割れ方は不自然だった。まるで指揮官でも居る様な見事な統率の取れ方。今思えば、あそこまで早い離脱もおとりの指示も指揮官による影響だったのだろう……というか、指揮官まで出てきたらいよいよ軍隊じゃないか。


 そんなことを考えながら僕は立ち上がり、手を開け閉めしてみる。

 

 だが幸いなことに、アインが見せた手札は死んだ血を操作するものだけだ。この体のように死肉を操るものや、命を視ることによる感知は気付かれてはいないようだった。確かに使いやすい手札は警戒されてしまったがそれ以外を駆使すればあるいは……というか、森を抜けるとしても、このだだっ広い森の中だ。そもそも次に会うことも無いんじゃないか?

 そう思わなくも無かったが……


「まぁ、念には念を、だな。」


 そう考え直しながら、僕は再び魔術書を手に取った。


 


 それから大体三十分後。

 僕は元の場所で、元の姿勢へと戻っていた。


 今回の読書の目的は、今の僕にも扱える新たな力だったのだが、どうやらそれは既に出尽くしたらしく、魔術書は何の映像も写さなかったのだ。「魔術」で検索を掛けると幾つもの映像が出て来るため、僕の知らない魔術自体ははたくさんあるんだろうが、どうやら魔力量等の読書ではどうしようもない部分で使えないと判断されているらしい。

 

 そんな訳なので力の方はあきらめたのだが、実は2つ、新たに学んだことが有った。


 一つ目。それはアインが術式を買ってきた場所だ。つい気になって見たのだが、どうやらタリエットという町の路地裏を相当複雑な曲がり方をしたところに、魔女は居るらしい。

 ここから距離はあるようだが、この森を抜けた後の目的地と考えればそう悪くは無いだろう。

 そして、二つ目。どちらかと言えば、こちらの方が重要……というか、現状に役立ちそうではある。

 それが、何故あそこでウサギが逃げたか、だ。

 事実、あの状況において優位に立っていたのは間違いなくあのウサギたちだった筈だ。

 いくら数ぐらいしか取り柄が無いとは言っても、ウサギ一匹に齧られただけで相当痛かったし、全員で掛かってこられちゃ僕の骨など一瞬も持たずに折れてしまっていたことだろう。

 それなのにウサギは逃げた。

 これは僕が死体を担いで森から帰ってきた時から気になっていた物ではあるのだが、今になってようやくその理由が分かった。

 それは、この森で暮らす上位の生物の生態にあったのだ。

 

 というのも、どうやらあの森で闊歩出来る様な強大な魔物たちは、全て夜行性であるらしい。


 それゆえ、その影にすらおびえて生きる様な動物たちは昼の内にちょろちょろと駆け回り、その日を生きるための餌をさがす。そして夜になる前に巣穴に駆け込んで朝が来るのを震えて待つ、と。

 まぁ、要はアレだな。任天堂産の可愛い植物のゲーム。どうやらこの森の弱い動物はその植物たちと同じような生態をしているらしい。……まぁ、3ぐらいから植物かどうかも怪しくはなって来るんだが。


 そんなことを考えながら、僕はベッドから立ち上がった。

 さて、これまで色々言ってきたのだが、結局のところ、今の僕に必要なのは新たな力だ。

 確かに昔の僕にそんなことを言われても何の手の打ちようも無かったかも知れないが、今の僕には多少の知識と、ほんの少しの経験がある。

 これさえあれば、ウサギどもですらあっと驚くような魔術が作れるに違いない。


 そう体をめぐるやる気を感じつつ、僕はアインのノートの端を借りて、新たな魔術を考え始めた。

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