肉の鎧
「よーい……しょ!!」
ドササササッ
昼間とは変わり、辺りに虫や鳥。そして少し響く頻度の減った獣の声を聞きながら、僕は先ほどまで担いでいたウサギ共の死体を小屋の前に投げ飛ばした。
道中は仕方なく魔術を使って自分で歩かせたりはしたものの、それでもこちらに持ってこられたのは12体程度がせいぜいだった。あと7体程は残っていたと思うんだが……仕方がない。ここは森の栄養サイクルに貢献したとでも考えてあきらめるとしよう。案外、あんながこの森にすむ弱い動物の主食だったりして。
そんなどうでも良い様なことを考えながら、僕は小屋から全身が写る程度の姿身を引っ張り出して来ていた。それを置いている最中にふと気付く。
「おぉ~……」
鏡に映りこんだ空には、まさに満天の星が広がっていたのだ。
人類の生存圏だと、地表が明るすぎて星が見えないというのはあまりに有名な話だが、実際に影響を受けていない空を見るのはこれが初めてだ。なんというか……「神秘的」、とでもいうのだろうか。鼻の奥をちくりと刺す様な夜の冷気も相まってか、僕の目にはこの空が透き通っているような印象を受けたのだった。
……まぁ、今からすることは、その透明さとは真反対のどろどろした物なんだが。
そう苦笑しながら……ふと思い出した。
そうだ。今、ろくに魔力がないんだった。
先程の暴兎で一瞬とはいえ、血が付着した分のウサギに付いた血を操ったこと。それと、魔弾の連射で約半分。加えて帰り道のアレだ。一応体内の骨だけとはいえ、4匹ほどの体を操るのは無理が有ったらしい。
うーん、どうしようか。時間が経てば回復はするが、その間に肉が傷むのも、変な虫が湧くのも嫌なんだが……あ、そうだ。
そこまで考えた所で、ふと思い出した。
魔力が足りていないとき。そういう時のための技術を今回の読書で僕は学んでいたはずだ。初めてだからできるかは分からないが……まぁ、命まで掛けて成果を無駄にする方がバカか。
そう考えた僕は、記憶を頼りにやってみることにした。
えー、先ずは魔力を集積。次に感情の残滓を弾いて……って多ッ‼
……でもやるしかないんだよなぁ、ったくもー。
僕がしているのは、本から学んだ魔力の回収方法だった。
というのも、どうやらこの大気中には、魔力が多分に含まれているらしいのだ。世の人々は、魔力が不足した、かつ現在必要な時はこうして魔力を回収しているらしい。
とはいっても、これは一つの作業に専念できる時間と、安全が確立されている時だからこそ出来ることだ。
どうやらこの大気中の魔力は、悪魔が人間の感情を喰らい、分解したことによる副産物であるらしいのだが、それ故か、空気中には魔力と同様に、悪魔が食い散らかした感情の残滓が漂っているらしいのだ。それを取り込むと保管魔術の魔術書を読んだ時と同様の影響を受けるらしいので、取り込む前にそのゴミを弾かなければならないのだが……いかんせん数が多い。それを戦闘中になんてとてもできやしないだろう。
「……よし!終わった。」
そうこうしているうちに掃除が済んだので、とりあえずその魔力を取り込んでみることにした。
すると……
「おぉ……」
なんというか……夏真っ盛りの日に、昼に帰った家で飲む氷入り麦茶の様な?この感情をなんと言い表せばいいのか分からないがとにかくとんでもない爽快感を感じる様な行為だったということだけは確かだ。
まるで飲み下したそばから体内で冷たい霧に変わる様な……
感情を除く手間さえなければ、中毒になる人もいるんじゃないか?これ。まぁ、限界まで使い切ったからこそのこの感覚なのかもわからないが。
そんなことを考えながら、僕は自分の内側に意識を向けた。
体内を探っていると、腹のあたりに温かい力の塊を感じる。この分だと、魔力は殆ど回復したようだ。
なんなら、これからしようとすることをした後にもいくらかおつりがくるんじゃないか?
そんなことを考えつつ、僕は死体をきれいに積み上げ、そのてっぺんに上った。
そうして両手を前に突き出し、
「……」
充填、確認。 行使、死片 確認、変形融合……ふぅ。
思わず一息を吐きつつ、魔術のために千切った意識の線を結びなおした。
今のは、断線。世界で生きるただの一個体としての視点から、世界をいじくる設定者の視点に移すための一種の暗示だ。
僕が思う暗示のイメージは……まぁ、基本的にうさん臭い物なのだが、この断線は確実に魔術に対して少なくない影響を及ぼしてくる本物だ。
主に同時進行が必要な場合や、魔術に集中したい時に使われるのだが、これの有る無しではだいぶ話が変わって来る。現在の自分を殺し、事前に用意した設定者としての人格を表に出すことを必要とされるため、これの習得には僕を以てしてもずいぶん苦労したが……いや、これはアインの記憶か。
「……」
思い出しすぎたからか、混合している記憶に取り込まれないようかぶりを振ってから、僕は気を逸らすために足元へ目をやった。
そこには身震いでもする様に、小刻みに震える肉肉しい塊。それがまるで捕食でもするかのように、ずぶずぶとこの骨の体を飲み込んでいた。
そう、わざわざ森まで肉を取りに行ったぼくの目的はこれだった。肉の鎧である。
この骨だけという弱点むき出しの体に、一つクッションが加わるだけでだいぶ話が代わって来る、というのももちもん有るのだが、なんとこの体はそれだけでは無いのだ。
最初から人間が持ち合わせているような肉体だとそれ以上の活用は見込めないが、この肉は僕が魔術で加工した特別品だ。魔力さえ込めれば、硬質化に肉の伸縮。体内への道具の収納という風にかなり便利なのだ。
これさえあればあんな兎共には二度と遅れもとるまい。
そんなことを考えながら……僕は顔まで肉に埋もれた。
目を開ける。
メチョ……
そうみずみずしい音と共に糸を引いて開いた視界には、五体満足で肉のついたりっぱな……人間の様な物が居た。
と言うのも、今の僕はただ肉を体に付けただけなのだ。一応……臓器?、と呼べるかは分からないが、必要なものを収納するスペースは作ったものの、今の僕の見た目を表す物としては、肉の叩き盛りを人型に盛り付けたものがせいぜいだろう。
一応皮も作れるが……まだ肉が安定していない。少なくとも変形融合の効果が切れるまではこのままにしておこう。このまま皮を作ってしまってはとんでもない不細工になってしまう。今のうちに肉を均してなるべく見れる体を作らなければ。
そう考え、肉をいじる音を庭に響かせながら姿見とのにらめっこを続けた。
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