第21話 獲物を渡すのは

「!?」

「あ、チハヤ! 見て!」

「な、何だそれ……!!」


 リッカの上に屋久島の縄文杉みたいな巨木が乗っている!


「大丈夫か!?」

「近づいたら危ないよ。一旦下ろすから少し離れて」

「え?」


 押しつぶされているように見えたので思わず駆け寄ったのだが、担いで運んでいただけらしい。

 リッカが地面に下ろした瞬間、ドーンと地響きが起こった。

 古い校舎が壊れてしまわないか心配しながら、地面に転がった木を見ると——。


「うわっ」


 幹に大きな顔がついていた。

『トレント』だろうか? こわー……。

 それにしても、こんな何百キロもしそうなものを担げるなんて……獣人の身体能力ってどうなっているんだ!?


 唖然としていたら、リッカの後ろにいたスノウもドスンと地面に何かを下ろした。

 今度は何!? と恐る恐る見るとおそらく『サイクロプス』で、血色の悪い巨体に顔には大きな目がついていた。


「ひいぃぃぃぃ!」


 死んでいるのか開きっぱなしになっている目がこちらを見ている。怖すぎる!


「僕が倒した魔物をチハヤにあげようと思って持ってきた。一番すごい獲物だから」

「馬鹿を言うな、俺のサイクロプスの方がすごい。先生、こっちの方が欲しいよな?」

「え、どっちもいらないけど!?」

「「!!!?」」


 迫ってきた二人に率直に答えたら……すごくショックを与えてしまった。


「き、気持ちだけ貰っておくよ……」


 ありがたいけど、こんなの貰ってもどうしようもないから!


「あ、二人はやっぱりチハヤ先生にお土産を持って帰ってきたか」

「シュロ先生!」


 保健室から外に出てきたシュロ先生に、助けを求めて駆け寄る。


「お土産って……あんなの困ります!」

「でもね、獲物を送るのは求愛行動みたいなものだから、断られたらショックだよ」

「求愛行動!?」


 え、もしかして……リッカがオレの首を噛んだのもそういう行動だったの?

 今思い返すとシュロ先生は「小便かけられるよりいいだろ」って感じのことを言っていたし、マーキングみたいなことだったのか。

 そこまでオレに懐いていたのか? とびっくりだ。


「強い魔物であればあるほど、気合が入っているんだよ。どちらも生徒が倒せるような魔物じゃないんだけどね。相当がんばったんだろうね」


 リッカとスノウを見たら、耳も垂れているししょんぼりしていた。

 くっ……罪悪感がすごい……!

 それにしても……。


「リッカに懐かれているのは分かってるけど、スノウもオレに獲物をくれるんだ?」

「!」


 口の端の傷を治したときに心を開いてくれたのだろうか。

 スノウと目が合うと顔をそらされたけど、オレの質問にはこくりと頷いた。

 大きい弟ができたみたいで可愛いかも。


「そういうことなら受け取るよ。二人ともありがとう」


 お礼を言うと、リッカは満足そうに微笑み、スノウは顔をそらしたまま再び頷いた。

 少し反応が違ったが、嬉しそうにしっぽをブンブン振っているのは同じだ。和む。


「……で、ここに置いておくわけにはいかないし……どうしたらいいですか?」


 扱いが分からないので、シュロ先生にこっそり聞く。

 放置してもいいのか、埋めた方がいいのか……。


「希少部位とかは高く売れるから解体して貰ったら? 個人的に調味料とか欲しいときの資金になるし。ぼくも薬に使えそうなところは売って欲しいな」

「シュロ先生からはお金を頂かなくていいですよ」

「それじゃだめだよ。貰ったものをタダであげのはだめ。チハヤ先生に利益がないと。この子たちは、チハヤ先生の役に立ちたいんだから」


 シュロ先生の言葉を聞いて二人を見ると、うんうんと頷いている、


「そう、ですね。分かりました」

「解体は雑食寮の子たちが得意だから、いらない部位を譲るって交渉したらいいよ」

「そうします。二人もそれでいいか?」


 オレの問いに、スノウはすぐに頷いた。

 リッカも頷いてくれたが、一つ条件を出してきた。


「いいよ。でも、板にできるところはあげないで。チハヤの部屋の家具作りとかに使うから」

「!」


 オレが「部屋が殺風景だ」と言って、部屋の改造に興味を持っていたことを覚えていてくれたのか、とびっくりした。

 シュロ先生も「気が利くな!」と目を見張っている。


「トレントの木材は家具の素材として最上級だぞ。香りがいいし、害虫も近づかなくなる」

「最高じゃん! ほんとにありがとう!」

「ふ……」


 リッカは腕を組み、スノウにマウントを取るように誇らしげな顔をしている。

 スノウも心底悔しそうな顔をしているし、何の勝負だよ……。


「雑食寮……クコに聞いてみるか」


 あんな可愛い子に解体なんてグロいことを頼んでもいいのか悩むが……。

 誰か解体が得意な人を紹介して貰ってもいいかもしれない。


「「チハヤ先生、我々がやってもいいですか」」

「うぉっ! 君たちは……」


 突然両側からぬっと長身の二人が出てきたと思ったら、雑食寮の寮長――カラス獣人の二人だった。

 どちらも長ランっぽいというか、どこかチャイナ風の丈が長い服を着ている。

 血のような深紅の瞳は同じだが、白と黒で対になっている双子でとても目を惹く。

 何を企んでいるか分からないミステリアスな感じがして、オレは少したじろいでしまったのだが、申し出はありがたく受けて解体をお願いした。

 寮長がしてくれるなら心強い。


「「では、お預かりします。三日ほどお時間を頂いてもよろしいですか?」」

「は、はい。いつでもいいです……問題ないです……」


 セリフまでシンクロしているのか……。

 二人は笑顔で頷くと、それぞれ一匹を持ち上げて去っていった。

 すらりとしているのに、なんて力持ちなんだ!


「あのー……チハヤセンセ?」

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