第20話 保健室の先生一日目

 無事……と言ってもいいのか分からないが集会を終えたオレは、シオン先生とシュロ先生と共に保健室に向かった。

 新しくつけられた室名札には『保健室』と書いてある。

 扉は馴染みのある引き違い戸で、オレが通っていた高校の保健室もそうだったなあと思いながら開けた。


「ここがオレの職場……!」


 広さは教室と同じくらいで、窓から森と運動場が見えた。

 直接外に出ることができる扉と大きな窓が開け放たれていて、いい風が入っている。


「いい景色だなあ」

「日当たりもいいし生徒たちの姿もよく目に入る場所で、保健室にはもってこいでしょ?」

「そうですね!」


 白衣にポケットを突っ込んで立っているシュロ先生に頷く。

 外での授業風景や、生徒たちが外で遊んでいるところを早く見たいなあ。


 今は校舎に生徒たちはおらず、みんなキオウ先生に引率されて森の探検に出ている。

『探検』というと楽しそうな感じがするが、険しい道を走り込んだり魔物を倒したりする過酷なものらしい。


 集会の終わりにキオウ先生が「このあとは予定を変えて、一日森に出る」と伝えたときの姫三人組の絶望した表情から、楽しいものではないと察していたが……。

 すぐに治せるオレがいるとはいえ、生徒たちには怪我をせずに帰ってきて欲しい。


 お昼は現地調達で食べるそうなので、用意する必要がない。

 もしかしたら、勤務初日のオレに余裕を与えるために、生徒たちを連れて行ってくれたのかもしれない。

 なんてホワイトな職場なんだ……!


 保健室にはベッドが二つとオレの机がある。

 ベッドを囲うカーテンがないので、衝立などを作ってもいいかもしれない。

 そして、三人掛けのソファーとローテーブル、書類や本がびっしりと並んだ棚も置かれている。

 ここにはシュロ先生がまとめた生徒についての書類や、オレが学ぶべきことに関する本が詰め込まれているのだ。

 しばらくはそれに目を通していくのが、治療以外では主な仕事になりそうだ。


「今日はここで思うように過ごしてください。生徒たちが帰ってきたら、騒がしくなりそうですが……」


 シオン先生の苦笑いにシュロ先生も続く。


「森に出たら、みんなちょっとした怪我をして帰ってくるんだ。いつもは薬も塗らなくて『舐めていれば治る』って感じだけど……。さっきの集会の感じだと、チハヤ先生のところに押しかけてくるかもしれないね」

「が、がんばります……!」


 そういえばまだ一日にスキルを何回使えるのか分かっていないけど……気合いでなんとかしよう!


「あと、噛みついちゃったリッカや、張り合ってたスノウなんかは『お土産』を持ってくるかもしれないから、戦々恐々としておいてよ」

「?」

「まあ、生徒たちがおしかけてきても無理しなくていいからね。治療の必要がなければ蹴って追い出せばいいから。じゃあ、ぼくはチハヤのおかげでかなり時間に余裕ができたから、薬学研究所に篭って色々やるつもりだけど、何かあったら気軽に来てよ」

「私もずっと隣の職員室にいますので、気になることがありましたら声をかけてください」

「ありがとうございます。あ、すみません! まだ、時間いいですか!? シオン先生に聞きたいことがあったんですけど……」

「構いませんよ。何でしょう?」


 シュロ先生も気になったのか、出て行こうとしていた足を止めてくれた。

 解散するまえに、昨日気になったことを聞こう。


「預かったたまごに、元気に育てと念じる感じで『大きくなあれ』と唱えて撫でていたら、『小回復』を使うときのような感覚になってなんだかむずむずしたんです」


 そのときの感覚を思い出して手を見ていると、シオン先生がオレの手を掴んだ。


「今、スキルを使っている感覚になっていましたか?」

「あ、はい」

「たしかに、スキルの気配というか……うっすらと何か見えました。感覚を掴めたら、使えるようになるのかもしれませんね」


 やっぱり! そんな気がしていたのだ。

 小回復だけの『風邪薬』を早くも脱却できるか!? と嬉しくなった。


「唱えているとき、頭の中で成長を促すように思い描いたんですよね?」

「そうです! ちゃんとしたスキルになったら、たまごを成長させられますかね?」

「可能性はありますが……。念のため、先にニワトリのたまごや植物で実験してみませんか?」

「極端に言うと、卵から老体にしちゃう可能性もあるね」

「あ、なるほど……」


 二人の言葉にハッとした。

『成長させるということは、寿命を削ることになるかもしれない』ということを失念していた。

 すごく残酷なことをしてしまうところだったかも……。

 まずは植物から始めよう。


「あ! あと、オレ……寮の廊下で白い亡霊――おばけを見ちゃったんです!」


 そう伝えると、二人はきょとんとした。

 あれ……もしかして、信じてくれない?


「え、初対面のとき、ぼくが女か疑ってたけど……チハヤ先生がそうだったの?」

「違います! 男です!」


 ついてます! 見せましょうか!? と言いそうになったが、シュロ先生に引かれたら嫌なので自重した。

 

「亡霊はどのような様子でしたか?」

「えっと……髪は聞いていた通りに白で、全体的に白かったです。聞き取れなかったんですけど、何か言っていて……とても悲しそうでした」


 最初はおばけだー! と思って怖いばかりだったけれど、やっぱり思い返すたびに胸が痛くなる。


「以前、亡霊の件が気になって調べたことがあるんです」

「!」


 シュロ先生も初めて聞くようで驚いている。

 興味があるのか、期待するように話の続きを待っている。

 オレもとても興味ある……!


「この学校――、もしくはこの土地に因縁があるのではないかと思って、この辺りの歴史を確認してみると分かったのですが……。この地には『宿根塔』が出現したことがあったようなんです」

「塔というと……今から京平が向かおうとしているところですよね? じゃあ、京平はここに来る……ってこと? っていうか、ここに塔ができるってやばいのでは!?」

「そうではありません。塔は毎回出現する場所が変わるので。今回はここから遠い場所に出現する兆候が出ています」

「あ、そうなんだ……」


 よかった、勘違いで一人騒いでちょっと恥ずかしくなったが、続けて気になったことを尋ねる。


「現れたことがある場所って、どこもあの白いおばけがでるようになるんですか?」

「そのような記録はどこにもありませんが……分かりません」


 あの人は塔で戦って亡くなった人なのだろうか。

 今もひとりぼっちでさまよっているのなら、なんとかしてあげたいけど……。

 おばけに効くスキルなんて持っていないし、「南無阿弥陀仏」と唱えるくらいしかできない。


 話が終わったので、二人はそれぞれの仕事をするため出て行った。

 オレは生徒たちの健康状態についてまとめてある書類を見て行こう。

 字は日本語じゃないのに読めるし、日本語のつもりで書いているのにこちらの世界のものに変換されている。

 これは勇者に与えられる『祝福』らしいのだが、おまけでこの世界に来たオレにも適応されたようだ。

 文字を一から勉強しなければいけないとなると大変だから助かった。


 書類に目を通すのは、個人情報を勝手に見ているようで気が引けるが、これも保健室の先生としての仕事なので許して欲しい。

 身体測定や視力検査、聴力検査などは年に一度行っているようで、それも記録されていた。

 持病やアレルギーの有無、スキルについても書いてある。


「お、リッカの記録だ」


 読み進めていき、手にしていた束の最後に一番見たかった記録があった。

 身長は185cm――京平と一緒だ。

 まったく、180を超える奴ばかりで嫌になる。

 毎年の伸び方を見ているとまだ成長しそうだ……あれ?


「身体測定とかの記録がいっぱいある……」


 この学校は高校と同じ三年制だと思っていたのだが、みんなの在籍年数にばらつきがあったので、違うということは察していた。

 みんな五年以内だったのだが……リッカだけ記録がたくさんある。

 二、三歳くらいから始まって……十五年分くらい?

 そんなに長い間、この学校に在籍しているのか?

 

 頭痛の記録も最初の年からあって、だんだん悪化していることが書かれてある。

 聖女に治療して貰うようになったのは最近のようで、それまで色んな薬を試したことも記されている。

 リッカとシュロ先生の苦しみの記録だ。

 書き込みの細かさから、シュロ先生の『治したい』という想いが伝わってくる。


「……オレ、治せてよかったよ」


 まだ元の世界に帰りたいという気持ちはあるけれど……こちらの世界に来てよかった、と思えるようになってきた。


 それからも黙々と棚の資料に目を通した。

 お昼ご飯もパンをかじりながら読んだ。

 ハッとして時計を見ると、そろそろ夕ご飯の準備を始めなければならない時間だったので立ち上がったら、生徒たちの声が聞こえてきた。

 森の探検から帰ってきたか。


 校舎の真横の方にいるようなので、運動場に出ればみんなの姿が見えるだろう。

 保健室にある扉から外に出たら……。


「お、リッ――。…………!?」

「チハヤ! 見て!」

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