第14話 友達になって

 シュロ先生は最初にいた部屋――薬学研究室にいるという。

 早速向かおうとしたのだが……。


「リッカ、お前はここにいろ」


 ちゃっかりついて来ようとしているリッカを止める。


「何で?」

「シュロ先生が食堂を出て行ったから、三人組が大変だろ? 手伝ってあげろよ」

「シオン先生がいるでしょ」

「生徒のお前も手伝うんだよ! 戻ってきたら、一緒に夕飯食べるからさ」

「…………」


 不満そうにしているが、シオン先生にも「お手伝い、助かります」と肩を叩かれてしぶしぶカウンターの方へ行った。


「あ、チハヤ。シュロ先生、魔法が使えて強いから。殺されないように気をつけて」

「え……」


 リッカがオレを引き留めて何を言うのかと思ったら、めちゃくちゃ怖いことを言われた。

 やっぱり、ついてきて貰おうかな……?

 いや、生徒想いの優しい先生が同僚を攻撃するなんて……。


「怒りを買っちゃってるから、『無きにしも非ず』なんだよなあ」


 ないとは思う……思うけどね……。

 内心ビクビクしながら研究室の扉をノックした。

 予想通り返事はなかったので、恐る恐る勝手に入っていく。


「失礼しまーす……」


 机に向かって書き物をしていたシュロ先生が、ちらりとこちらを見たけれど作業の手は止めない。


「事情もよく分からない新参者があれこれ口出しして、本当にすみませんでした!」

「…………」


 改めて謝罪したが反応はない。

 無視くらいではへこたれないぞ!

 これくらいの塩対応は想定内なので、オレはさっき話せなかったアイデアの話をすることにした。


「あの! この学校にいっぱいあるもので、お腹の足しになればいいなってものを作ったんですけど……」


 そう言って出したのは、日本人のオレには慣れ親しんだ米を三角に握ったもの――おにぎりだ。


「……何それ」


 気になったのか、シュロ先生は顔を顰めつつもこちらを見てくれた。

 それだけでオレはぱあ! っと笑顔になってしまう。


「これはね、米で作ったおにぎり! ニワトリの餌で使ってたものなんだけど……」

「はあ!? ニワトリの餌!? まさか、それを食べようとしているのか?」


 この世界の人だとびっくりするよね。

 飼っているニワトリのたまごがあるとアリスたちに聞いて、漫画で『家畜用の餌になっていたものが食糧難を救った』みたいな展開があったのを思い出したのだ。

 トウモロコシかな? と思って見に行ったら米だったので、オレはガッツポーズしてしまった。

 この世界の米は強いのか、手をかけなくても育つので安価らしい。


 でも、脱穀しただけの状態だったので困った。

 ちょっとだけなら昔の方法で精米までできるけど、生徒たちが食べる量をするのは骨が折れる。

 精米する、という知識もないようだったので途方に暮れそうになったのだが……。


 便利な魔法アイテムがないかアリス達に相談したら、「スライムを使ったらいい」と教えて貰った。

 倒したスライムと脱穀した米を一緒に入れてかき混ぜると、殻だけ溶かして精米したような状態になるのでは? ということだった。


 魔物がいることは聞いていたが、日本で定番の魔物であるスライムもいるようで――。

 ……というか、この学校の周辺にもいた。


 弱いので農具で倒せますよ! と言われてクワを担いで森まで行ったのだが、オレはぴょーんと跳ねて飛び掛かってきたスライムに驚いて尻もちをついた。

 ハリネズミ獣人のクコが氷のとげでサクッと倒してくれたのだが、姫三人組に「チハヤ先生、かーわい」と語尾にハートマークがつくような感じで笑われてしまった。

 セクシーなお姉さんが童貞をくすっと笑うように言われてオレは赤面した。

 仕方ないだろ! 魔物を見たのは初めてだったし、予想外に飛び跳ねてきたから!


 あと、何でもない顔で、精米するために棒でスライムをぐちゃぐちゃに潰しているときの三人、怖かったなー……。

 まあ、そんな恥の代償として精米されたお米をゲットしたわけだ。


 今はまだシンプルな塩むすびだが、シュロ先生にOKを出して貰えたら具も色々用意していきたいな。


「おいしいから食べてみてください!」


 粒が不ぞろいで日本のお米には食感も味も劣るけど、それなりにおいしい。


「断る。ニワトリの餌なんて食べるかよ」

「ちゃんと食べられるものだから! リッカもおいしいって言ってましたよ」


 三人組も今のシュロ先生のように嫌がったのだが、リッカはオレと一緒に食べてくれた。

 誰も食べてくれなくて悲しかったから、あのときはオレからリッカを抱きしめたくなった。

 しなかったけどね!


「生徒に食べさせたの!?」


 僕を再び無視しようとしていたシュロ先生だったが、リッカが食べたことを聞いて思わず立ち上がった。

 ほんとに生徒想いのいい先生だよなあ。

 そんなことを考えてニコニコしていると、顰め顔で近づいてきたシュロ先生がお皿からおにぎりを取った。


「はあ……。本当にかき乱すよね、君。仕方ないから確認するけど、ぼくが許可するまで生徒に食べさせないで」

「分かりました!」


 食べてくれるのをウキウキで待つが……シュロ先生はずっとおにぎりを睨んでいる。

 やっぱり抵抗があるようだ。


「半分、オレが食べて見せましょうか?」


 安心して貰えるように提案したのだが、シュロ先生は「いや、いい」と断ると、がぶっと一口おにぎりにかぶりついた。

 小さく口を開けて可愛く食べると予想していたので意外だったが、ワイルドでいい!

 もぐもぐしているシュロ先生が首を傾げたので、おいしくなかったのかな? と不安になったが……。


「……おい、しい? 普通に食べられるな」

「! でしょ!? オレの国では主食ですよ!」

「そうなのか?」

「はい! 餌としていっぱいあったし、これなら仕入れも簡単だと聞きました。だから、おやつとか夜食とか、生徒たちがお腹空いたときに食べるようにいいかな、って。腹もちもいいですし」

「殻を剥いているようだけど……?」

「あ、それは――」


 アリスたちから教わって実践した、スライム精米の方法を伝える。


「なるほど……。かき混ぜて溶かす具合を調整しているのか。それなら、その『セイマイ』用のアイテムも作れそうだな。スライムならいくらでも湧くし、安定した備蓄を確保できるからいい」

「おお……」


 オレにはよく分からないが、シュロ先生はこれから先の展望も見えているようだ。

 さすが、頼りになる。


「体に影響がないか調べるし、実際に十日ほどぼくが食べてみる。生徒たちに提供するのはそれが済んでからだ」

「やったー! ありがとう!」


 この学校で一つ目の貢献ができた!

 いや、まだ確定したわけじゃないけれど、一歩踏み出せた上にシュロ先生に認めて貰えたようで嬉しい!

 喜ぶオレを呆れた様子で見ているシュロ先生に、改めて話をする。


「薬と食事で生徒たちの健康を守っていて、本当に尊敬してます! でも、大変だと思うから、オレにも手伝わせて貰えませんか? よろしくお願いします!」

「…………」


 頭を下げてお願いしたのだが、シュロ先生は無言だ。

 でも、今までのように冷たく無視するわけじゃなくて、困惑している感じだ。

 もう一押しかな!?


「オレ、もうでしゃばったりしないし! オレは何をやったらいいか、シュロ先生に決めて貰ってもいいし、補佐って感じで使って貰えれば――!」


 そう力説すると、シュロ先生は「はあ…… 」と大きなため息をついた。

 だめ、ですか……?


「……ごめん。ぼくが大人げなかった」

「え?」


 急に謝られて驚いたが、オレのこと……仲間として受け入れてくれた?

 そう思ってじわじわと喜びが湧き上がってきていたのだが――。

 シュロ先生はキッとこちらを睨むと、突然まくし立ててきた。


「こっちは獣人には回復魔法が効かねえっていうから、せっせと薬作ってるのに! スキルで治せる、とか……はあ!? 時間がない中、予算と栄養を考えて献立作ってるのに、ぼくより美味い飯を作れます、みたいな顔してるのぶん殴りたい! 時間と予算に余裕があるなら、ぼくだってもっと美味い飯作ってやれるんだよ! 下処理とかしてる時間ねえんだよ! あと量が足りないとか分かり切ったことぬかすし! 人が長年苦労していることを突然現れたやつがこともなげに解決していくのを見てみろ! ほんとにやってられねー! ってなるから!」

「す、すみませんでしたー!!」


 正直、スキルに関してはオレは悪くないと思うのだが……シュロ先生の気持ちも分かる。

 オレが調子に乗ってしゃしゃり出ちゃったから、余計に腹が立ったと思うし……。

 手を合わせてごめんなさい! のポーズをしていると、シュロ先生は少し下がって自分の机に軽く腰を掛けた。

 白衣のポケットに手を突っ込んで憂う姿が綺麗だ。


「……いや。あんたは悪くない。分かってるんだ。ほんとにごめん」

「?」

「突然現れたあんたにかき乱されたくなかったけど……生徒たちのことを思えば、あんたはいた方がいい。でも、むかついたから言いたいことは言わせて貰ったんだ。これからよろしく。チハヤ先生」

「シュロ先生……!」


 チハヤ先生、と呼ばれてオレは歓喜の涙を流しそうになった。

 ぱあっと世界が明るくなったようだ。

 オレのことが相当むかついただろうに、こうして吐き出して受け入れてくれるなんて……オレが好きなタイプの人じゃん!


「シュロ先生と友達になりたい」

「……そういうの口にしちゃうんだ? 無理。無駄に慣れ合うつもりはないって言っただろう?」


 即答! つれないなあ。

 でも、ちょっと赤くなっている気がするから照れているのかもしれない。


「あと、『手伝う』と言ったからには、治療も食事の準備も毎日手伝えよ?」

「もちろん!」

「それと……焼きリンゴ、ぼくにも作ってよ」

「!」


 シュロ先生が生徒たちに向けるような優しい顔で笑いかけてくれた。

 なんか……めちゃくちゃきゅんとした!

 恋かもしれない! 嘘だけど!

 いや、それぐらいときめいた。

 この美貌でツンからの笑顔は攻撃力が高い。


「実は焼きリンゴ、もうシュロ先生の分も作ってます!! 調理場にあるので持ってきますね!!」

「ぼくも行くよ。感情的になって出てきちゃったけど片付けがあるからね」

「はい!」


 オレにしっぽがあったなら、今は千切れそうなほどブンブン振っていると思う。

 研究室に向かっているときは、こうしてシュロ先生と調理場に戻れるとは思わなかった。

 シュロ先生と仲良くなろう! クエストは、『クリア』ということで!

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