第13話 終わっ……らせない!

 日が暮れ始め、夕食の盛り付けもできて準備万端な状態になると、お腹を空かせた生徒たちがやって来た。

 にぎやかになった食堂には、ホワイトタイガー獣人のスノウとライオンたちの姿もあった。


「!」


 お? スノウはオレが覗いていることに気がついたようだ。

目を見開いて固まっているから軽く手を振ったら、すごい勢いで顔をそらされた。

 照れ屋なのか?


 それにしても、肉食獣の獣人同士は仲がいいのか、楽しそうに談笑している。

 リッカもあそこに混ざればいいのに、相変わらずオレにくっついたままだ。


 アリスに「リッカって友達いるの?」とこっそり聞いたら、きゃっきゃっしながら「いつも一人だよ。孤高なところがかっこいいっ」と言っていた。

 イケメンならぼっちも「孤高」になる魔法は異世界でもあるらしい。

 転校して来たばかりの京平も、クラスから浮いていたけど裏ではちゃんと「かっこいい」と騒がれていたもんなあ。


 食堂はカウンターまで木製のトレーに乗せた夕食を取りにきて、それを持って空いているテーブルで食べて貰う形式をとっている。

 姫三人組とシュロ先生は、カウンターで生徒たちに手際よく夕ご飯を渡す作業中だ。

 手慣れた様子に感心する。プロだ!

 受け取る生徒たちと笑顔で軽く会話もしていて、とても楽しい空間だ。


 まだ生徒たちに紹介されていないオレは、下手に騒がせないように裏からその様子をこっそり見ているのだが、色んな動物の獣人たちがいて興奮した。

 体の大きさも髪の色、耳の形も様々だ。

 早くみんなとお近づきになりたいなあ。


「夕ご飯、しっかり食べてるかな」


 今度は生徒たちの前にある皿をみる。

 本日のメニューは豆とオクラを和えたサラダと、玉ねぎのスープ、そして鶏肉の香草焼きだ。

 豆とオクラ、玉ねぎはオレが知っているものと見た目は同じだが、鶏肉はニワトリじゃなかった。

 生徒が狩ってきてくれたそうなのだが、多分キジ肉だと思う。

 少し食べさせて貰ったけど、しっかりした味というか、肉のうまみが濃くて美味しかった。


 ちなみに、肉食獣の獣人だから肉しかたべない、草食獣だからサラダだけというわけではないらしい。

 だから、みんな同じメニューだ。

 今日は玉ねぎのスープがあったから、犬や猫系の獣人がいたら中毒を起こさないか心配したのだが、食べ物に関しては人間と同じだという。

 ただ、やっぱり肉食獣は肉、草食獣は野菜が好きという傾向はあるようだ。


 保健室の先生として、食のアレルギーなどについてもちゃんと調べていかないとなあ。

 生徒個人の健康状態とか、体質のことも知っておきたいし、ますますシュロ先生と良好な関係を築いていきたいなと思う。


 心配なことも多いが、楽しそうにガツガツと食べている生徒たちを見ていると、オレもお腹が空いてきた。

 先生という立場になったが、オレも生徒たちと歳は変わらない。

 ここに混じって食べたいなあ!

 でも、シュロ先生もまだ食べていないので、もしかしたらご一緒できるかも……という期待を込めて我慢しよう。


「リッカ、お前は先に食べておけよ」


 木製のボロい椅子に、足を組んで優雅に座っているリッカに声をかける。


「チハヤと一緒でいい」

「お前、どれだけオレが好きなんだよ」

「は? 自意識過剰」

「好きじゃないなら何で待ってるんだ!」

「そんな気分なだけ」


 こいつ……!

 床まで着いている長いしっぽが左右に揺れている様子は可愛いのだが、本人は全然可愛くない!

 まあいいや……そのまましっぽで床掃除しておいてくれ。


 それにしても……。

 調理のとき、オレが結構口出しをしてしまったから「いつもと味が違う」と嫌がられないか心配したのだが杞憂だった。

 みんなの気持ちがいい食べっぷりに満足していると、スノウたちが「?」と首を傾げた。

 え? 何か違和感があった?


「……なあ今日の飯、美味くないか?」

「ああ。いつもと同じメニューなのに美味い気がしてたんだ……」


 な、なんだよ~! 変な味がする! と言われるのかと思った。


 スノウたちの声が聞こえたのか、他の生徒たちも「たしかに美味い」「そう思った!」と騒ぎ始めた。

 アリスたちに「腕上げたな!」と称賛を贈る生徒もいて、その様子を微笑ましく見ていたら、カウンターにいたはずのシュロ先生が勢いよく戻ってきて、おれに掴みかかってきた。


「お前、料理に何か変なものを入れたのか!?」

「え!? 変なもの!? 何も入れてないよ!?」


 どうして突然異物混入を疑われたんだ!?


「嘘つけ! 生徒たちがいつもと違うと言っているじゃないか! レシピ通りにしなかったな!?」

「してますよ! アリスたちに聞いてみてくださいよ!」


 一緒にレシピを見ながら作ったし、食材や調味料の準備はすべて姫三人組がしてくれたから、料理の中にオレが用意したものなんて入ってない。

 三人に確認して貰えたら濡れ衣は晴れると思ったのだが……。


「お前がこっそり入れたんだろ!」


 シュロ先生は三人に確認することなく、さらにオレを詰めてきた。

 決めつけ、よくない!

 リッカもこんなときは味方してくれたらいいのに、ぼーっとこっちを見ているだけだ。役立たずー!


「だ~か~ら~! 入れてないって!」

「じゃあ、どうしていつもと違うんだよ!」

「それは!! いつもより調理を丁寧にやったからだよ!!」

「!」


 強めに言い返したオレの言葉に、シュロ先生が固まった。

 あ……今の言い方だと、いつもは調理が丁寧じゃないみたいな言い方でシュロ先生と姫三人組に失礼だったな!?

 すぐにフォローしようと思ったけど……。

 異物混入を疑われているし、生徒たちによりおいしいご飯を提供するためには伝えておいた方がいいかも……。


「下処理をしっかりしたんです。突起や産毛がある野菜は板ずりをしたり、アクが強そうな野菜は水にさらしたり、肉の筋切りをしたり――。あと、レシピには調味料の分量をちゃんと書いてましたけど、入れるときは目分量だったり、物によって火が通る時間が違うことを考えていなかったり、結構ワイルドな作り方をしていたので、その辺りも説明しながら作りました」

「…………」


 最初は姫三人組の作業を見ていただけだったのだが、色々気になってしまったのだ。

 三人もオレの話を興味深く聞いてくれたので、つい熱心に伝えてしまった。

 そういうオレの説明を、シュロ先生は苦々しい顔を聞いている。


「……いちいちそんなことをしていたら、提供時間に間に合わない。一日三食あるんだぞ」

「そ、そうですよね……」


 たしかに、今の一回分だけでも結構大変だった。

 それに、姫三人組は毎度夕食作りは手伝ってくれるけれど、学業があるので朝と昼はシュロ先生が作っているらしい。

 シオン先生や早朝から起きている生徒が手伝いに来ることも多いが、主にシュロ先生が一人でやっているそうだ。

 そりゃあ、毎回手間をかけられないよなあ。

 あれ、そういえばもう一人先生がいると聞いたのだが……そいつは何をしてるんだ?

 手伝えよ! と思ったが、今は置いておいて……あ、あと伝えたいことがあった!


「みんな育ち盛りだから、もっと食べたいときがあると思って――」


 いいアイデアがあって実践してみたので、それを見て貰おうと思ったのだが……。


「そんなのお前に言われなくても分かってる!!」


 今日一番の怒声で怒られてしまった。


「いや、あの……」

「食材を調達できないんだから仕方ないだろ!!」


 そう怒鳴ると、シュロ先生は調理場を出て行ってしまった。

 シュロ先生と仲良くなろうチャレンジ、盛大に失敗だ。


「終わった……」


 頭の中で試合終了のホイッスルが鳴っている。

 よかれと思ってやることが全部裏目に出てしまう。

 どうすればいいんだ……。


「シュロ先生、出ていったけど」

「分かっとるわ!」

「自分がいつも作っているときより、チハヤの方がおいしいって好評だからおもしろくないのかな」

「リッカ、お前は本当に……デリカシーというものを学べ! シュロ先生だっておいしく作ることができるけど忙しいんだよ! 今の話聞いてなかったのか!?」


「チハヤ先生、お疲れさまです」


 リッカに八つ当たりも込めてしっぽを引っ張っていると、シオン先生がやって来た。


「シュロ先生と今、すれ違いました」


 苦笑いを浮かべているので、状況は把握しているようだ。


「すみません、またシュロ先生を怒らせてしまって……」

「いえ、謝るのは私の方です。私はこの学校の代表の立場になるのですが、シュロ先生には一人では抱えきれないほどの責任と役目を負わせてしまって……不甲斐ないです。だから、チハヤ先生が来てくださって本当に感謝しているんです」


 仕事内容が近いオレがいると、シュロ先生の負担を減らすことができる。

 薬関連、授業に調理……どう考えても一人でするのはキャパオーバーだよな。


「彼は人に頼るのが苦手なんです。そんな彼に抱え込ませてしまった私の責任です。チハヤ先生との業務配分について、まずは私が話してきましょう」


 シオン先生がそう言って出て行こうとしたが引き止める。


「あ、いえ! やっぱりオレが話してきます!」

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