第11話 これからの居場所

「じゃあ、気を取り直して、チハヤさんに使って頂く部屋に行きますか」

「やったー!」


 オレの異世界での居場所!

 どんな部屋なのかわくわくする。

 二階ということは分かっているので、シオン先生を差し置いて先に階段を上がり始めた。

 そんなオレを見て二人は笑っている。

 お子様ですみません。


 ……っていうかこの階段、地味に一段が高くない!?

 うすうす感づいていたけれど、この世界って身長の平均が高い。

 日本の学校の階段よりも足を上げ、多くカロリーを消費しながら上がった。

 二階も一階とほぼ同じ構造で、廊下を挟んで部屋が並んでいた。


 空き部屋は換気のためなのか、すべて扉を開け放っているようだ。

 両側に部屋があって窓がないので廊下は結構暗いのだが、空き部屋から光が入っている。

 これが毎日見ることになる光景かあ……と思っていると、二人が追いついてきた。


「僕を置いて行くなよ」


 リッカが文句を言ってきたが……お前、もういなくてもいいのでは?


「リッカは自分の部屋に戻ったら?」

「何で?」

「『何で?』に何で? だよ。お前の寮は肉食獣のところなんだろ? 自分のところに帰れよ」

「チハヤの部屋を見てから帰る」


 オレの部屋を見て何になるんだ?

 まあ、別にいいけどさ……。


「部屋は空き部屋ならどこでもいいのですが、希望はありますか?」

「え! この扉が開いているところなら、どこでもいいってこと?」

「そうです」

「おお……」


 部屋を選び放題だなんてテンションが上がる!


「見て行っていいですか?」

「どうぞ」


 空いている扉は五つ。

 とりあえず一番近いところを覗いてみると、思ったよりも広くて驚いた。

 四畳半くらいを想像していたのに、その倍はありそうだ。

 家具は木製のベッドと空の本棚、机と椅子があるだけだった。


「あ、トイレとか風呂は共用ですか?」

「そうです。水回りは一階にあります。お風呂……なんて立派なものはないので、水浴び場になります」

「水! 浴び……」


 ぜ、絶望……。

 オレ、毎日湯船に浸かる派なのに……!

 気候は春くらいの温かさだけど、水は寒くないか!?


「お湯……せめてお湯は出ないんですか!?」

「水でいいだろ」

「よくない!」


 リッカが口を挟んできたが、お前は寒さに強いユキヒョウだから平気だろうけどオレは凍える!


「水を温めるアイテムがあるので、それをお貸ししますよ」

「ありがとうございます!」


 お湯で体が洗えるなら耐えられる。

 そのうち湯船に浸かれるようになったらいいけど……温泉とかないのかな。


「他の部屋も見ますか?」

「あ、はい!」


 他の部屋もベッドの配置などが多少違うが大体同じだった。

 そうなると、選ぶうえで重要なのは部屋の位置かな。


 最後の空き部屋は、廊下の突き当りだった。

 しかも、隣も空き部屋なのでもっとも音を気にしなくて済みそうな場所だ。

 前は誰か入っているようだが、廊下を挟んでいるから大丈夫だろう。

 部屋の中に進むと、換気のために開け放たれていた窓からいい風が入ってきた。

 それがすごくさわやかで運命的に感じた。


「ここにします!」


 笑顔でそう伝えるとシオン先生は頷いてくれた。


「では、あとで部屋の鍵をお渡ししましょう。改めてチハヤ先生、これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 挨拶をしてから部屋を見回すと、ここが新しいオレの部屋なんだなあという実感が湧いてきた。


「オレ、一人部屋って初めてなんで嬉しいです!」

「そうなんですか?」

「はい。元の世界で住んでいた家が狭いうえ、弟が二人いるんで共同部屋だったんです。だから一人部屋に憧れがあったんですよ」

「そう、なんですね……」


 何てことない身の上話をしたつもりだったのだが、元の世界に戻ることができないことを知っているから、シオン先生はオレに気を使っているようだった。


 たしかに、家族のことは考えるとつらくなるだろうから、今は極力他のことで頭をいっぱいにするようにしている。

 時間の流れに身を任せて向き合っていくしかない。


「換気は小まめにしているのですが、しばらく使っていないので埃が溜まっていると思います。今日は他のところで休んでください。私があとでそうじしておきますので」

「あ、大丈夫です! 今から自分で掃除します」


 たしかに疲れはあるけれど、早く自分の部屋で過ごせるようになりたい。

 幸いまだ明るい時間だし、夜までに間に合わないということはなさそうだ。

 

「分かりました。布団やシーツなどは、洗濯して保管しているところがあります。そうじ道具の場所などもリッカに聞いてください。申し訳ありませんが、私は生徒たちが気になるので少し校舎の方を見てきます。あ、たまごはのちほどかごに入れて、鍵と一緒にのちほどお持ちします」

「ありがとうございます。あ、ちなみに向かいは誰の部屋ですか? 生徒かな?」

「向いはシュロ先生です」

「! じゃあ、余計に仲良くしたいですね」


 シュロ先生が仕事を終えて、部屋に戻って来たときに挨拶をしに行ったら怒られるかな?


「私はこの列の一番前の部屋なので、何かあったらいつでも訪ねて来てください。では、またのちほど――」

「はい、ありがとうございました!」


 シオン先生が出て行って、部屋にはオレとリッカの二人きりになった。

 こいつと二人ということに多少不安があるが、右も左も分からない場所なので教えてくれる人がいることは助かる。


「じゃあ、早速そうじするから道具の場所とか教えてくれよ」

「分かった」


 リッカに案内されて道具を取りに行く。

 なぜか手を繋いできたので、攻撃のつもりでぎゅ~っと力を込めて握ったら、そういう遊びだと思ったのかやり返された。

 痛っ! 力も強いな!

 分かっていたが、力でも勝てないのかと凹んだ。

 いや、負けっぱなしは嫌だから雑巾絞りをして握力を鍛えてリベンジしよう。


 少し遊んでしまったが、そうじ道具もシーツなどもすべて二階にあったので、すぐに取って戻ってきた。

 まずは棚の上などの高いところから埃を落としたり、蜘蛛の巣を取る。

 上部のゴミを全部落としたら床を掃き、全体を雑巾で拭いて終わり!

 埃はあったけれど何もない空っぽの部屋なので、一時間程度で終わった。

 オレ一人だともっと大変だったと思うけれど、意外なことにリッカが真面目に手伝ってくれた。

 壁の高いところはほとんどリッカがやってくれたし、とても助かった。


「ありがとう! おかげですごく早く終わったよ」


 つけたばかりの真っ白なカーテンが風に揺れていていい感じだ。

 真っ白なシーツも清潔でいいが――。


「……簡素すぎてちょっと病院みたいだな」

「自分の好みに変えていったらいいよ。ボロいからみんな好きに改造してるし」

「え、そんなことしていいの?」

「いいよ。ボロいから好きにしろ、だって。巣みたいなの作ってる奴もいるし」

「巣!」


 それはちょっと気になるな。

 見てみたいし、オレも作ってみたい。


「リッカの部屋は?」

「僕は何もしてない。荷物は多少あるけど、こことほぼ一緒」

「改造したりしないのか?」

「しない。どうでもいい」

「へえ……」


 まだ出会ったばかりだけれど、シンプルな部屋はリッカらしい気がする。


「あー……疲れた」


 一息つきたくてベッドに腰掛けた。


「リッカも座れよ」


 ずっと立っていたから疲れ……てる様子はないけどさ。

 無視されるかと思ったが、案外素直にリッカは隣に座った。

 一緒にジュースでも飲みたいところだが、この世界にはコンビニも自販機もないんだよなあ。


 改めてカーテンの隙間から見える窓の外を見ると、豊かな自然が広がっている。

 今までは日本のそこそこ都会で育ったから、まさかこんな自然の中で過ごすことになるとは思わなかったなあ。


「オレ、ここで生きていくんだな」


 思わずぽつりとつぶやいてしまった。

 やっぱり帰りたいなあ。京平も一緒にさ。

 そんなことを考えていると……。


「! ……何してる?」


 また、リッカが抱き着いてきた。

 このあと、どうせ「お前が離れろ」と言ってくるんだろう?

 そう思ったのだが……。


「僕がずっと一緒にいてあげる」


 予想外の言葉を、やけにまじめに言ってきたので驚いた。

 もしかして、オレがホームシックになっているのを感じ取って慰めてくれたのだろうか。

 リッカって、なんだか……小さな子どものようだ。

 思ったこと、感じたことをそのまま出すっていうか……。


「『ずっと』って……何言ってるんだよ。オレは今のところ、ずっとここで仕事をしたいと思っているけどお前は卒業するだろ? ……でも、ありがとう」


 そう言って体を離すと、不服そうだったが大人しく元の体勢に戻ってくれた。

 

「お前、結構いい奴だな」

「?」


 不思議そうにしているが、頭をガシガシ撫でてやる。

 くそっ、オレよりデカいから撫でにくいな。

 馬鹿にするなと怒るかと思ったが、気持ちよかったのか頭を差し出してきた。

 まさかのおかわりだった。

 ちょっと可愛いと思ってしまったことが悔しい。


「あ、そうだ。夕飯の準備っていつから始まる?」


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