第21話 救国の女神は避難民を救う。

砦の入り口でワルコレステはメーライトを待っていて、「新たな使徒様の御力には助かっています。これならなんとか難民達も冬を迎えられます」と挨拶をしてくる。


前もってアーセワはワルコレステに話していたが、メーライトの心は微妙で難しいバランスにある事、当たり前の扱いになれば心に闇を落とし、使徒達が力を振るえない事や、暴走すれば何が起きるかわからない事。

生産職の使徒達が暴走で暴れれば、仮設住宅の設営にも問題が起きる事。

だが、過分に扱えば、これまた城を守れなかったこと、シムホノンを助けられなかった事で心に闇を落としてしまうと説明していた。


結果、ワルコレステは過ぎた扱いは控え、やってもらった事にのみ、キチンと礼を言う事にしていた。


「宰相様、おはようございます」

「おはようございます。申し訳ございませんが、当面の課題、やらなければならないことのお話をさせてください。その話し合いには陛下と殿下も同席させていただきます」


メーライトは「はい!私も微力ですが頑張ります!」と言って穏やかな空気で砦の中に入った時、それはあっという間に終わった。


砦の一階には、寒さと野晒しには耐えられなさそうな怪我人や、妊婦なんかが野宿のように石造りの床の上に布を敷いて生活をしていた。


メーライトはそれをみて、アーセワに「アーセワさん、あの人たちもアーセスさんに頼んで暖かいお家を用意してもらわないとダメだね」と話していると駆け寄ってくる赤い影。


それはカオデロスの娘のバナンカデスだった。


「バナンカデスさん!?」と嬉しそうに言ったメーライトとは引き換えに、バナンカデスは憎しみに顔を歪めて、「なんで!?なんでお父様とお母様が死んでしまったの!?」とメーライトに詰め寄る。


「え?」

「なんで助けてくれなかったの!?信じてたのに!友達って言ったのに!なんで!?」


この瞬間にメーライトの気配が変わり、アーセワが「神様!落ち着いてください!ダメです!」と間に入り、ワルコレステに「早く離してください!」と声を張る間に、アールナが「落ち着け神様!私達は耐えられても新入り達が暴走する!周りを見ろ!赤ん坊とか、じいちゃんばあちゃんが居るんだぞ!そいつらの家を作るんだろ!?」と言ってメーライトを抱き抱えると、アノーレが「神様、赤ちゃんに暖かいお家を用意してあげたら、抱っこさせてもらおうよ。子供は宝だよ」とメーライトの注意を引く。


バナンカデスはその間に騎士達に引きずられていくが、最後まで「あなたはお父さんから大切にされなかったって言ってたけど!私はお父様から愛されてた!大切にされてたの!それなのに、なんで死ななければならないの!?なんでこの人達は助かって、お父様は死ななければいけないのよ!」と声を張り上げていて、メーライトは暴走しかけていた。


それは一度でも暴走した経験のあるアルーナ達には耐えられたが、初見の生産職たちとアーセスには耐えられずに暴走し、折角作った仮設住宅が一つダメになってしまった。


「ごめん!赤ちゃん貸して!」


アノーレが赤ん坊を抱き上げて、「ほら神様!よく見てよ!この子を助けたのは神様だよ!ありがとうってニコニコしてるじゃないか!周りを見るんだよ!皆感謝してるよ!」と言って目の前に赤ん坊を出すと、メーライトが「赤ちゃん?」、「かわいい」、「初めて見た」と言って動きが止まる。


そのタイミングでアーセワが近くの老婆を見ると、老婆はゆっくりと立ち上がって「神様、ありがとうございます。お陰で生きていますよ」と言いながらメーライトの手を取ってお辞儀をした。


「え?おばあ…さん?」

「あの恐ろしい魔物の群れから、我々を守ってくださった使徒様を喚んでくださった神様に、感謝をさせてください」

「でも。バナンカデスさんのお父様みたいに亡くなられた…」

「死んだ人はいても、病気も変わりません。人は死にます。助かった人は皆感謝してますよ」


そのまま一階の人々が口々にメーライトに、「ありがとう」と言葉を送ると、メーライトは落ち着いてくる。


そこに来た仕込みではない小さな男の子は、「お姉ちゃん、僕達をこれからも助けてくれますか?」と聞いた。


「…う…ん。でも私に力がなくて、弱くてアルーナさん達に助けてもらってるの。だから助けてくれるのは、私じゃなくてアルーナさん達なの」


困惑気味に話すメーライトの言葉に、アルーナが「何言ってんだって、アタシ達の力は神様の想いだよ。神様が人々を守りたいと強く想えば、私達はまだまだ強くなる。神様の心が強くなれば更に強くなれる。神様との繋がりが強くなれば、あのでかいドラゴンもワンパンで倒してみせる。月の聖剣に選ばれた戦乙女を信じてくれって」と言うと、メーライトが「想い?アルーナさんは助けてくれるの?」と聞く。


「アタシだけじゃない。アーセワ達も皆だよ。前にも言ったろ?神様は何も成せずに死んでいくアタシたちを救って、新たな人生をくれた神様なんだ。アタシ達に言えばいいのさ、戦え、そして勝てってな」


メーライトは「うん」と言うと「皆、お願い。私達を助けて。魔物と戦って、皆を守る力を」と言った。


「聞いたね!アーセワ!」

「ええ!アノーレ!神様からのお言葉よ!」

「よっしゃ!アタシ達は神様さえ強く居てくれれば負けやしない!」


アルーナ達が盛り上がる中、敵襲を知らせる鐘と笛の音。


ワルコレステが「何事だ!」と確認をすると、すぐに「使徒様がオークの群れを確認しました。恐らく人の匂いにつられて、冬の食料にするつもりかと…」と言う。


「群れ!?」

「500近く…、追いやられた土地の先はオークの体表色で埋め尽くされています。とても人の手では抗えない量です」


兵士の声に漏れ聞こえる悲鳴。


中からはアルデバイトの土地で死んだ方が幸せだったのではないかと聞こえてくるが、メーライトの前の男の子が、「お姉ちゃん、助けてくれますか?」と聞くと、メーライトはアルーナ達を見て「お願いしてもいいですか?」と聞く。


「勿論だぜ」

「神様、高台に出て、我々にお言葉をください」

「私達は一度聞いたけど、アーシル達は飛んで喜ぶよ」


メーライトはワルコレステを見て、「謁見は後で、私を高台に、皆に戦闘をお願いします」と言うと、ワルコレステはアーセワを見てアイコンタクトをすると頷いた。


「救国の女神、メーライト様が使徒様と共にオークの群れと戦ってくださる!恐れることはない!我々は神に祈り、女神様に声援を送るのだ!」


ワルコレステの言葉に、砦中から声援が響く、困惑で足が震えると言うメーライトを肩に担ぐアルーナが、「格好いいとこ見せてやろうぜ」と声をかけて高台に行く。


高台で索敵をしていたアーシルとアナーシャは、拍手と声援と共に現れるメーライトを見て、「神様ぁ!」、「神々しいです!」と声を送る。


「アルーナさん!アナーシャさん!アーシルさん!アジマーさん!敵襲です!お願いします!この砦を、アルデバイトの人達を守るために力を貸して!」


「よっしゃぁぁあっ!任せてくれよ神様!」

「神様からのお言葉よ!千の魔物も射殺してやるわ!」

「任せて!盾でも敵は倒せるよ!」

「魔法の力であっという間だよ」


喜ぶ戦闘職の使徒達を、羨ましそうに見る残りの生産職の使徒達に向けても、メーライトは「皆、戦いはアルーナさん達に任せて、ご飯作りやお家を作る大変な仕事を、こんな時でも続けて欲しいの?頼めますか?」と声をかける。


「勿論です!」

「任せてください!」


使徒達の喜ぶ姿を見ながら、メーライトは「アーセワさん、私の横で指示出しをお願いします」と言い、「アノーレさん、怪我をした人達を癒してあげてください」と言った。


2人の使徒は紅潮した顔で、「お任せください」、「余裕だよ!」と言い、アーセワが「宰相の為にも、苦手でも宣言をしてください」と頼む。


話を聞いて真っ赤になるメーライトだが、最後には「アルデバイトの皆さん!安心してください!使徒の皆さん!戦果に期待します!」と声高々に言った。



その後はもう無茶苦茶だった。アルーナ達は奪い合うようにオークの群れを蹴散らしていき、最後にはアジマーが「残っても使い道ないから」と言って全て焼き尽くしてしまった。


その姿に避難民達は泣いて喜び、メーライトに感謝を告げた。

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