第73話 マリエンからマイクロバスで川崎に戻る

 リーディングプロモーションの関係者は日没前に集まってマイクロバスで撤収である。

 舞台装置設営の会社の人はもう少し残業みたいね。

 ライブって、沢山の人が関わる大きなプロジェクトなんだなあ。

 あまり興味の無い世界だったけど、入って見るといろいろと面白いね。


 マイクロバスは皆を乗せ、一路川崎駅前を目指して走る。


「ヒデオ、今日は一緒に晩ご飯を食べようよ」

「え、昨日は研修でレストランに行ったからねえ」

「もう、一人で呑まなくても良いでしょっ」


 ヒカリちゃんはそう言うけど、みんなとのご飯と一人呑みは、また違うんだよね。

 とはいえ、ここの所、『サザンフルーツ』の三人はライブ前のレッスンで、一緒に食事に行けて無いしなあ。

 どしようか。


「一緒に食事に行きましょうよ、ヒデオ」

「そうですかー?」


 前の席のチョリさんが振り返ってそんなふうに言ってきた。


「本当はみのりとかマリアさんとかとも食事がしたかったんだけど、なんか『Dリンクス』での夕食があるって行っちゃったわよ」

「それは残念ですね」


 『Dリンクス』さんと、ちゃんと会えるのは、ライブの現場かな。

 今日はゲネプロっていって、最終リハーサルだったんだけど、明日一日休養を入れて、明後日にライブ本番だね。


「なんて言うんだっけ、討ち入り前みたいな~、だから、行こう、ヒデオっ」

「討ち入りは違うんじゃないかなあ。壮行会かな?」

「総決起集会じゃねえか?」

「なんだか、市民運動な感じですね」


 ムラサキさんは元お嬢様なのに、社会運動家みたいな事を言うね。


「終わった後は打ち上げだけどなあ。準備の会は壮行会かな」


 山下さんが言うなら間違いはないだろうね。


「ちょっと良いレストランで、ぱぱっとやっちゃいましょうっ、あ、ヒデオは背広着てきてね」

「ええ、あれは窮屈なんだよう」

「そういう時のためにしつらえたんだからっ」


 まあ、ヒカリちゃんとしては、むさいおじさんなんだから、せめて背広ぐらい着なさいよって事なんだろうね。

 さすがに今のガードマン制服では行かないけど、背広は窮屈なんだよなあ。


 リーディングプロモーションの入っているビルの前でマイクロバスは止まり、皆でぞろぞろと下りる。


「どこ行こうか、モナリザン? 雪園?」


 気楽に呑みたいなあ。


「もう、なにしょんぼりしてるのよっ、お酒は飲んでも良いから」

「あ、はい」

「最近ヒデオさんと食事してないから、みんな寂しいんですよ」

「そうですね、よく、ヒデオさんにこれを食べさせたいとか、言ってますよ」

「そうそうっ」

「ヒデオ愛されてんな」


 とりあえず、みんなでエレベーターに乗って支社を目指す。

 ゴリラの分だけ空間が空くのが、なんか変よね。


「『サザン』さん、俺も行って良いですか?」

「えーと……」

「護衛の後輩の三郎太くんだよ」

「三郎太っす、今後護衛に付く事もあるでしょうし」


 チョリさんがずずいと前に出て来た。


「あんたはマッチョなんで、視界の邪魔、ヒデオぐらい目立たない奴じゃないとね」

「そ、そうっすか、チョリさん」


 あ、いや、どうかなあ、来たいって言うんだから連れて行ってあげてもねえ。

 でも、おじさんがそんな口添えをしていいものやら、どうやら判断が付かないねえ。


「三郎太、護衛はアイドルが誘ってくれるまで会食禁止だ。自分で売り込むんじゃねえよ」

「そ、そうっすか、ムラサキさん」

「ヒデオは『サザンフルーツ』の命をゴリラで救ったりで功績あるんだよ」

「そ、そうでしたか、す、すいません、俺風情が出しゃばって」


 三郎太くんはチョリさんに頭を下げた。


 やあ、なんとかなだらかに収められるみたいだね。

 ムラサキさんに感謝だわ。


「今日は『腹ぺこドラゴン』に行きましょうか」

「良いですね、ライブ前に肉で景気を付ける感じですね」


 腹ぺこドラゴンは高級ステーキ&ハンバークのお店だね。

 サラマンダー家族と似てるけど、二グレードぐらい高級店だ。

 すごい分厚いステーキとか食べる事が出来る。

 アイドルなのにがっつり行くね。


 ムラサキさんに手伝って貰って背広を着込む。


「なんだか、いろいろお世話になって、すんません」

「気にすんな、ヒデオだしな」


 なんだか、ムラサキさんは気が良い人だなあ。

 世話好きな姉ちゃんな感じがする。

 まあ、彼女は俺よりもずいぶん年下なんだけどね。


 バリッと背広を着込んで『サザンフルーツ』さんと、チョリさんの前にでた。


「「「「おおおおおおっ」」」」

「いや、やっぱ、背広は似合うね」

「おじさんには茶色の背広だね」

「素敵ですねえ、ムラサキさんが見てくれたんですか」

「ああもう、ほっとくと安物買いたがってさあ」

「「「「それは解る」」」」


  さて、『サザンフルーツ』さんと、チョリさんに連れられて『腹ぺこドラゴン』を目指して歩き出した。

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