第60話 一人呑みで街にしけこむ

 『サザンフルーツ』と別れて、リーディングプロモーションの支社を後にする。

 空はもう、真っ黒で夜が街へ忍び寄っていた。


 さて、今日は一人呑みの日なので、どこに行こう金。

 最近はいつも居酒屋になっているので、別の所に行こうよ。


 中国人に襲われたので、街中華で一杯呑むのもオツだね。

 こうやって、どこに入ろうかなって迷いながら街を徘徊するのが、たまらなく良いんだよね。

 夕方にポテトをつまんだから、あんまりお腹は減ってないなあ。

 おじさんになると、なかなか消化されなくて困るよね。

 胸焼けもするし。


 ショットバーに行って、サラミをつまみにウイスキーをダブルできゅっと行くのもいいなあ。

 色々と迷ってしまうね。

 うーん。


 街をうろうろしていたら、また黒いワイヤーの橋が、こんどは十本ぐらい俺に向けて掛けられていた。


 おっと、いけないいけない、どうしようかな。

 『チャーミーハニー』さん来ないかな、来ないな、そんなに都合良く無い。


 一番大きい黒ワイヤー橋を掛けているのは、うん、小柄なチャイナ服でサングラスのお姉さんだな。

 そっちに近寄ってみる。

 おっと、周りの黒い橋のワイヤーにトゲがビシバシ生えてきたね。

 これは殺意か何かかな。


 とはいえ、俺はチャイナ服さんの前にでた。

 彼女は少し俺を見上げる感じだった。


「あの」

「マルデヒデオ、ついてきなさいヨ、話あります」

「こっちには無いんですが」


 ザワリと、周り十人の殺気が尖った。


「でも、中華の美味しいお店で、餃子とパイカルを奢ってくれるなら、話だけは聞いてもいいですよ」

「ふふふっ、見た目よりも豪胆ネ」

「十人ぐらいではねえ」

「ふむ」


 チャイナ服さんは考え込んだ。

 というか、あなたがこの中では一番偉い人だから、接近させてはいかんでしょう。

 カンフーか何か使いそうですが、ゴリラの事は解って無いのかな。

 常時透明で横に居るって思わない人が多いよね。

 その場で召喚すると思っている人が多いんだよなあ。


 今は、大柄なゴリ太郎が俺の背後を守り、ゴリ次郎がチャイナ服さんとの間にいる。


「ついてキナサイ」


 チャイナ服さんが歩き出した。

 餃子の美味しいお店につれて行ってくれるといいけどなあ。


 チャイナ服さんはどこかの高層ビルの天辺にある高級中華料理店に、俺を案内してくれた。

 ほほう、これは高そうな。

 周りで固める黒服の中国人十人は、目立たないように俺を囲んで移動している。

 この、橋が見える能力は、ちょっと良いな。

 害意のある人間の動きを知らせてくれるからね。


 チャイナ服さんは、俺と二人で個室に入った。

 なにか中国語でウェイトレスに注文したっぽい。


 俺は椅子に座った。

 テーブルは回転式だねえ。

 この回転テーブルって中国で生まれたんじゃなくて、日本で作られて流行ったらしいね。


 ウエイトレスさんが、パイカルの瓶と氷が入ったグラスを二つ持ってきてテーブルに置いた。

 お、ザーサイのお皿が突き出しみたいについているぞ。


 チャイナ服さんはパイカルの栓を回し開けて、グラスにトポトポと注いでこちらに出した。

 自分の所のグラスにも注いだ。


「どうしようか」

「ナニガ?」

「乾杯の名目」

「……」


 チャイナ服さんは黙ってパイカルを口に運んだ。

 あれ、愛想の無い。


「お互いの健康と未来に乾杯」


 パイカルを一口、きゅっとやった。

 くううっ、美味いね。


 白乾児パイカルというのは、コーリャンで作った無色透明の蒸留酒で結構きつい酒だ。


 ウエイトレスさんが冷菜をいろいろと運んできてくれた。

 おお、ありがたいね。

 遠慮なくいただきますよ。

 ああ、一流の中華のお店だからお上品でおいしいね。


「怖くないのカ?」

「毒とか、薬とか? なんか橋が架かってないからね、大丈夫なんだ」

「橋?」

「最近見えるようになったよ、人が何かを心にとめると、心と対象の間に橋がかかるんだ、お姉さんとお料理の間に橋が架かってないから、何もしてないのよ」

「……」


 お姉さんはサングラスを外し、懐に入れた。

 メガネを外すと綺麗な人だなあ。


「金を出す、香港にコイ」

「研究したいの?」

「そうだヨ、香港にも迷宮はある、金は使い切れないぐらいヤル」

「あんまりいらないのよ、美味しいお酒を呑んで、美味しい料理を食べて、カワイ子ちゃんに優しくされたら、それでいいのよ」

「もっと良い生活できル、もっともっと、金がはいル」


 俺は前菜を口に運びながら、首を横に振った。


「お金はいらない、事はないんだけど、迷宮で意外に稼げるからね、諦めて」

「……」

「黒社会の人だよね、お名前は?」

「リーラン」

「リーランさんかあ、綺麗な名前だね。あなたはまだ迷宮に入って無いね」

「必要なイ、人を雇って、上前をはねる、それが利口なやり方ヨ」


 餃子や、何かの皮を焼いた奴とか、色々な中華料理が運ばれてきた。

 油淋鶏しか解らないなあ。

 あ、これ酢豚だな、美味しそう。


 餃子と、パイカルがよく合うなあ~、かーっ!


「我々は強引ニ、ヒデオっをさらえル」

「無理だよ、ゴリラが居るからね」

「ふ、呼ぶ気配あれば……」


 ゴリ太郎がリーランさんの後ろから両肩を押さえた。


「!!!!」

「ずっと居るんだよ、呼ぶ系じゃないんだよ」


 ゴリ次郎が物陰に隠れていた黒服を捕まえて放り投げた。

 ガシャーンと大きな音がして大きな壺が割れた。


 両肩を押さえられたリーランさんは目を見開いて硬直していた。


「そうそう、そのまま窓から下に放り出す事もできるんだけど、まあ、今日はご馳走されている身だからしないよ」


 俺はゴリ太郎をリーランさんから外した。


「とりあえず、リーランさんの上司とか、長老とかに伝えてちょうだい、手に入れるのは無理なので、やめておいてって」

「お、お前の大切な人を……」

「……、組織をゴリラで壊滅させないと理解できない?」

「……」


 リーランさんは下を向いて黙った。


「たぶん、『チャーミーハニー』さんも動いているだろうし、やめておいた方がいいよ」

「わ、わかった、伝えル」

「ありがとう、これ、美味しいね、何の魚かなあ」

「草魚……」

「鯉の揚げた奴じゃないんだ、美味しいなあ」


 脂汗を浮かべているリーランさんの横で、俺は美味しい中華をバクバク食べて、杏仁豆腐まで完食した。

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