第36話 勇者ケインは厳岩師匠に弟子入りする

 俺とケインさんは迷宮に入り込んだ。

 やっぱり趣味の悪い地獄の門をくぐるとほのかに硫黄の匂いがして、外より一度ぐらい気温が低いね。

 これから夏だから、避暑に良いかもしれないなあ。


 ロビーは相変わらず、女悪魔さんたちと、配信冒険者さんたち、あとレグルス陛下がいて、応接セットに座って女性冒険配信者とイチャイチャして鼻の下を伸ばしていた。

 中小企業の社長みたいだね、あのレッドドラゴンさんは。


 俺達は階段を下りて二階へ。

 レストラン街だね。

 美味しそうなんだけど、やっぱりコースの値段が馬鹿高いなあ。

 中央階段を下りるとお目当ての三階、迷宮草原だね。


「ここで剣術教室をやってるんですか?」

「お爺ちゃんがやっているそうだよ。意外に生徒も多いらしい」

「奇特な人がいるもんですね」


 というか、迷宮草原はこれで三回目かな。

 あまりこないので、地下にこんな広々とした草原が広がり、青空が広がって太陽まで見えるという異常な光景に慣れないなあ。


『お、ヒデオとケインだ、珍しい』

「あ、こんにちは」

『どうしたい、こんな午前中から』

「ケインさんがスキル【剣術】が覚えたいって」

『あーあ、厳岩師匠かあ、というかタレントなんだから、有償でちゃんとした道場行けよな』

「い、いや、行きたいんだけどさ、どこが良いのかわからなくて……」

『護衛に聞けよ、というか八双の構えだけは決まってるから、一度先生には付いたんだろ』


 なかなか剣術に詳しいリスナーさんだな。

 前衛の戦士系の人かな。


「ああ、その、ええと、授業さぼったら破門されちゃって、ははは」

『ああ、武道の人は約束にうるさいもんなあ』

「そ、そうなんだよう」

「新しいお師匠さんの所では不義理したらいけませんよ」

「わ、解ってるよ、ヒデオ、今度は真面目にやるよ」

『厳岩師匠は、お、キスミーに稽古着けてるな、ラッキーじゃん、そこから南西だよ』

「ありがとうございます」

『きにすんな、ヒデオの配信面白いからな、応援してるよ、あとケインも頑張れ、レア装備が泣くぞ』

「わ、わかった」


 なかなか暖かいリスナーさんだな、名前は『パンダ』さんであった。


 ふよふよと、いつもの無愛想ビキニちゃんと、ケインさんの赤毛ちゃんのカメラピクシーが現れた。


「やあ、今日も頼むよ」


 無愛想ちゃんは、フンという顔をした。

 無愛想だねえ。


 俺達は南西に向けて歩いた。


 しばらく歩くと草原にブルーシートが引かれていて、頑固そうなお爺さんが居て、高校生ぐらいのヤンチャそうな若者が両手剣を振っていた。

 おお、なかなか鋭い振りだな。


 俺達が近づいたのを見て、若者は素振りをやめた。

 体中から汗が滝のように流れ落ちた。


「なんだ?」

「厳岩師匠ですか?」

「そうじゃよ」


 ブルーシートに座った老人が返事をした。

 意思の強そうな目をしているな。


 ケインさんが九十度ぐらいに背を曲げて頭を下げた。


「ぼ、僕は、勇者ケインと言って、タレントをしている者なんですが、【剣術】スキルが欲しいんです、ご指導ねがえないでしょうかっ!!」


 厳岩さんは若者と顔を見あわせた。


「霧積みたいな奴が来たのう」

「勇者ケインって言えば、結構売れている男性アイドルじゃないですか、【剣術】持ってないんですか?」

「持って無いんだよ、霧積くんっ」

「この霧積も、レア魔剣を十階で出しおってな、レア任せで振り回していたんじゃが、ある人物に負けてレア剣を折られてな」

「「ひゃあ」」


 レア剣折るって凄い事件だな。


『『Dリンクス』の『拳闘士グラップラー』鏡子さんだな』


 また『Dリンクス』かあ、色んな配信冒険者が居るんだな。


「お恥ずかしい」


 霧積くんは頭を搔いた。


「最近は真面目に剣を振って、【剣術】を生やしたわい。さて、ケインさん、ちょっと剣を振ってごらん」

「は、はいっ」


 ケインさんは背中にしょったバックから両手剣を出した。


「おお、なんと、レア剣ではないか」

「はい、【イカヅチ丸】です」


 ケインさんは、まず剣を胸の前で掲げるように構えた。

 おお、結構決まっているな。


「八双の構えはちゃんとしているな」

「は、はいっ」


 そして、剣を振り上げ、振り下ろす。

 うん、へっぴり腰だね。

 だめだめだ。


「大上段からの打ち込みを教えてやろうかい。そうすれば動きは増しになるだろうよ」

「それを覚えたらスキル【剣術】は生えますか!」

「いやあ」

「いやあ」


 厳岩先生と霧積くんがハモったね。


「ケインさん、道は遠いかもしれませんが、真面目にやっていけば、きっとスキルは手に入りますよ。諦めない事です」

「そ、そうだね、ヒデオ」


 ケインさんは激しくうなずいた。


「ちゃんと技を覚えて戦えるようになって損はないからのう。戦闘が楽しくなれば、また稽古にも熱が入るだろうし、そうすればスキルゲットまで、すぐそこじゃわい」

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