桜を見なよ

片隅シズカ

第1話 花より団子な幼馴染

 花より団子という言葉がある。


 風情や色気よりも食を優先するというが、天秤にかける以前に、そもそも食べることしか頭にないのではないかと私は思う。


「うひょー! 屋台だー!」


 根拠は幼馴染であるこの女、もえだ。

 そこそこ可愛く、異性にもそれなりにモテるが、色気どころか二言目には『美味しそう』だ。もはや食べるために生きていると言っていい。


「毎年言ってることだけど、少しは桜も見なよ。せっかく花見に来たんだから」


 桜に目もくれず、ずらりと並ぶ屋台に興奮する幼馴染に、私は白い目を向けた。


「まぁそうなんだけどさー、屋台見るとテンション上がっちゃうんだよね!」

「そのうちブタになるよ」

「屋台を我慢するくらいならブタになる!」

「なるんかい」


 毎年繰り返される、似たような掛け合いだ。普通に桜を楽しみたい私としては不服だが、この会話があると萌と花見に来たんだと実感する。


「とりあえず、まずは食べようよ! 腹が減っては戦ができぬとか言うし」

「はいはい」


 まくし立てるような萌の早口に、私はしぶしぶ頷く。言っておくが折れたのではない。面倒くさいのは御免だから折れてやったのだ。


「あ、あっちにイチゴ飴あるよ!」

「ちょ、分かったって」


 萌が目をキラキラさせながら、私の手を引っ張り出した。もはや言動が子供だ。


(本当、食い意地がすぎるんだから)


 萌は食欲魔だけど、普段はここまでじゃない。

 屋台という特別なイベントに酔いしれた結果、暴走するのだ。アルコールこそ入っていないが、その言動は酔っ払いと何ら変わりない。



「あ、あれって10円パンじゃない!?」



 萌が一層目を輝かせた。そういえば、前から気になるって言ってたな。


「なんか、最近バズってるよね。10円とか言っといて500円するんでしょ」

「まぁ美味しければ良し!!」

「萌みたいなのって、店側からしたら本当良いカモだろうね」

「美味しいもの食べてカモになるなら大歓迎! まさにウィンウィンだね!」


(カモの思考だ)


 口にしたところで堂々巡りなので、心の中だけに留めておいた。


「……おごるよ」

「え、いいの?」

「萌、今月ピンチって言ってたじゃん。そのくせ爆食しまくってるし」

「そうだったぁ!!」


 萌が「うおぉ」とおかしな声と共に仰け反った。結構な勢いで動いたのに、手の中の焼きそばを意地でも落とさない辺り、萌は本当ブレない。


「うぅ……今日はチートデーってことで」

「ダイエットかよ。ほら、並ぶよ」

「でも、いいの? 10円パンなのに500円とかありえないって言ってたのに」

「いいの。私も気になってたし」

「ありがとう!! 神さま仏さま!!」


 萌は言葉のみならず、全身を以て私を拝み出した。公衆の面前でやることじゃない。恥ずかしいので止めてほしい。

 口で言っても興奮で頭が馬鹿になっている萌には届かないので、10円パンの行列まで無言で引っ張っていった。



 そんなこんなで10円パンを手に、私と萌は空いている場所に腰を下ろした。



「うわぁー! チーズが伸びる伸びる!」


 やはり子供のように興奮し、私にまで見せてくる萌に苦笑する。

 でもまぁ、確かにこれは面白い。味は普通のチーズパンだが、見た目のインパクトが絶大だ。SNSとかでバズるのも頷ける。


「あ、見て! ライトアップしてる!」

「さっきからライトアップしてるけどね」


 10円パンをペロリと平らげた萌が、ようやく桜に見向きした。

 ライトの光で桜の木々が雪洞ぼんぼりとなって、賑やかな夜をいっそう彩っている。時折光が目に刺さって眩しいが、それが祭りというものだろう。


「それにしても、良い場所見つけたね。落ち着いて食べながら見れるよ」

「いったん食べることから離れようか」


 萌が桜のライトアップに見惚れながら、ほぅと声にならない息を吐く。


 食べる云々はともかく、事前に穴場を調べておいた甲斐があった。地元民にもあまり知られていない、穴場の花見スポットだ。



「うわっ!」



 ひときわ強い風に、萌が声を上げた。

 私と萌の間に置いておいたゴミ袋が、風に巻き込まれて宙に浮く。身を乗り出して腕を伸ばし、間一髪でゴミ袋を掴んだ。


「ナイスキャッチ!」

「危なかったけどね」


 安心したのも束の間。今度は、桜の花びらが雨のように降り注いできた。


「わぁ、綺麗」


 間抜け面で桜の雨に見惚れる萌の横で、私は食べ物に花びらが入らないよう片っ端から蓋をしまくった。風情もへったくれもありゃしない。


 一通りの避難を終えたところで、私もようやく顔を上げた。

 絵になる光景だけど、さすがにこれは降り過ぎだ。来年は、食べる場所をまた別に検討する必要があるかもしれない。


「あ、頭に花びらが」

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