11、世界の底にして、世界の果て

「はい、確認しました。お気をつけて」


 書類を門前にいた係に渡し終えると、俺は全員の表情と装備を確認する。

 特に問題は無し、だろう。


鈴来すずき……来てないな」


 俺は紡の腰辺りを叩いて、それ以上の言及を封じた。それから、柑奈(かんな)の方に視線を移した。


「三階に入ったら、柑奈は文城と一緒に階段近くで待機。二階で必要数集まれば、ベストだけどな」

「……ごめん。あたしも今後は、苦手克服するようにやってみる」

「ぼちぼちでいいさ。今回は二階の索敵を中心に頼む」


 それから、ダンジョン前にたむろした連中を、さり気なく観察する。こっちのことを特別視するような奴はいないようで、一安心だ。

 俺が一月近く、ダンジョン攻略に入らなかった本当の理由。

 例の爆破解体が人目を引きすぎて、みんなの価値観が歪みかねないから。

 てなもんやで、元町氏に釘を刺したのと同じだ。


「やっぱり、十時過ぎると静かなもんだね」


 一階のドアを開けると、フロアは完全に静まり返っていた。一階の結晶ゴーレムは、一日に五十から六十体程度が出現上限だと聞いている。

 そして、ここのトレジャーも、早い者勝ちだ。


「『ログインボーナスチケット』がトレジャーとか、さすがに実入りが少なすぎじゃ?」

「そうでもないんだぜ? 箱の近くにいた人数分出るんだよ。だから、『始発組』の最初の稼ぎは、ここのトレジャーを見つける事なんだ」

「特定条件を満たすと『プラチケ』がでることもあるとか聞きますね」


 この『塔』のダンジョンに出るトレジャーには、俗に『裏トレジャー』と呼ばれる、特殊アイテムがある。

 例えば、てなもんやで教わってきた『歪曲の竜頭』もそうだ。


「そんなしみったれた稼ぎなんて、どーでもいいけどね。結晶ゴーレムの残骸二キロで、燃料結晶数百グラムでしょ? 北の結晶山で結晶掘りしたほうがマシ」

「で、でも、あの山、ずっといると、頭がおかしくなるって……」

「そうですね。大図書館の本が活性化するのも、結晶から放たれる波動のせいですし。あまり近寄りたくはないですね」


 オートマッパーでルートを確認しつつ、安全な道行きを進む。実際、あまり急いでいないパーティは、十時以降に入るのが定番だと聞いていた。

 そして階段が見つかり、上へと進む。


「あー、結構ムチャした連中がいるな。めんどくせー」


 二階に上がるなり、俺の鼻にきな臭い残り香が染み込んでくる。いきなり十字路に放り出され、油断なく前後左右を確かめた。


「このごろ毒罠が中心になってんだけどな。素人どもめ、作動解除は最後の手段だぞ」

「おー、プロっぽい発言」

「毎日バカみたいにダンジョン入って、実務経験なら、あたしたちより上ってわけ?」

「ちゃんと休みも入れてましたよ。八時五時の週五日で、残業後直帰アリの勤務なんて、ホワイト企業もいいところじゃねーか」


 みんなの返事は、俺の肩やら背中を、優しく叩く手だった。

 ……もしかして俺の感覚の方が、おかしいのかなぁ?


「文城、その盾、ここの上に渡してくれ」

「うん」


 通路の途中で落とし穴の罠を見分けて、文城の盾を横わたしにしてもらうと、その上を進む。二階には珍しい、解除スイッチのある罠だった。

 そのままレバーを押し下げ、ようとして思い止まる。


「柑奈、俺の頭上、見通せそうか?」

「ちょっと待って……うん、なにか不自然なでっぱりが……うげ、微弱な熱源を持つ動体を感知。たぶんアレだと思う」

「紡、こっちに。俺が仕掛けを動かしたら、頼むわ」


 俺はいつでも動けるように身構え、紡も剣を抜いて自然体で立つ。


「三、二、一、行けっ!」


 がこん、という音と、上から湿った何かが降ってくる気配。ほんと、ここのダンジョンはいちいち意地が悪いな。


「うらあっ!」


 俺が飛び退るのと、狼の長剣が死肉漁りを壁に縫い留めるのが同時。相手は短い断末魔を上げて、体液を漏らしながら絶命した。


「うっぐ、くっせぇ。しおりー、採取頼むー」

「はい!」


 マスクをしたしおりちゃんは、ポーチからいくつもの薬を取り出して、目の前のモンスターに掛ける。

 まだ蠢いていた触手がおとなしくなって、手にした毛抜きのようなもので、密生した針の間から、目的のものを抜き取っていく。


「そういえば、『EAT UP』でも養殖してるって聞いたけど、その個体から柔毛って取れないのかな?」

「飼いならされた個体は、針が硬質化しないそうです。その分飼育が楽だからいいって、クリスさん笑ってましたけど」

「毒もシガテラだそうだし、ウニっぽい見た目の割にフグみたいな性質だな」


 そして、一匹から取れたものを確かめ、より分ける。いくつかの毛は先が切れたり、硬くなりかけていて、要求されたクオリティに届かなかった。

 結局、使えそうなのは六本だけだ。


「これをあと何本だっけ?」

「最低でも五十、可能であれば百は欲しいとおっしゃってましたね」

「こんなくっさいの、十匹以上やるのぉ!? もうやだー!」


 そのまま、俺たちは二階を練り歩き、臭いモンスターを片付けながら、依頼の品を集めていく。


「ちょっとまて、あれって『トレジャー』か?」


 通路の奥まった場所に、宝箱が鎮座している。この階には自然発生の宝箱は無いはずだから、間違いないだろう。


「確か『結晶コンロ』だったっけ」

「ですね。私も一つ持ってますけど、貰っていきますか?」

「だね。出来れば人数分欲しいから」


 周囲の安全確認と、念のために箱のトラップをチェックし、箱を開く。

 果たして、中にあったのは新品同様のコンロ。

 見た目は地球のキャンプ道具と変わらない。その代わり燃料を入れる部分に、結晶が挿入できる形になっていた。


「よし、二階のトレジャー、ゲット」

「そういや孝人の目標に『塔のトレジャー全部ゲット』ってのもあったなー」

「みんなにも、いい経験になるしな」

「アイテム集めしつつレベリングか。いよいよMMOぽくなってきた、アガるなぁ!」


 そのまま三階に上がると、今度は袋小路の奥に出た。

 もちろん、壁の代わりの堅い樹木でできた、天然物のダンジョンだが。


「守りやすそうだけど、冷静に撤退できるかは不安だな。文城、柑奈、何かあったら迷わず外に出ろ。俺たちが戻らなかったら、『甲山組』の人に頼むこと」

「了解。こういう時、引率屋のコネがあるの、便利だね」

「組合費も払ってんだぞ? タダじゃないんだからな」


 二人を階段付近に残し、三人で先を進む。正直、柑奈の索敵が使えないのは痛いが、蟲を見て暴走されるのはリスクだからな。


「そう言えば、ここの植生も毎回変わるのか?」

「さあ? しおりー?」

「はい。毎回別物ですね。実は、このダンジョンの不思議さも、そこに――」


 しおりちゃんが会話を止めて指さす先、蟲の死骸に複数の死肉漁りが群がっている。

 打ち合わせ通り、俺が前に進み出て鉛筆を投げつける。名前こそ死んだ獲物しか狙わなそうに思えるが、実際には『自分で死肉を作る』くらいには獰猛な連中だ。

 三匹ほどが反応し、大急ぎで二人の所へ取って返す。

 紡の剣尖が二匹にとどめを刺し、しおりちゃんの竹が一匹を天井に縫い留めた。


「孝人さん、これを!」


 死肉漁りを草の蔓で結び合わせたものを、二人で引っ張る。その背後を紡が守って、俺たちは袋小路に引き返した。


「あっ、やめて! なんでこんな狭い場所に、くっさ、くっさああああー」

「騒ぐなよ。すぐに終わるから」


 幸いなことに、他の死肉漁りは追ってこなかったようだ。しおりちゃんが手早く選別を終えて、収穫物を文城に渡す。


「えっと、これで百と、三本になったよ」

「よし撤収。忘れもんすんなよー」


 俺の宣言に、全員が頷く。

 悪臭に閉口しながらも、無事にダンジョンから脱出できた。


「みんな、うがい手洗い忘れんなー」


 塔の近くには、簡単な洗面コーナーが用意されている。全員がそれぞれの汚れを落とし終えると、空模様から午後を少し回ったぐらいだと気が付いた。


「あー、腹減ったー。文城、おにぎり行けるかー? 鮭鮭唐揚げで」

「ふみっち、あたしはツナマヨ」

「すみません文城さん、梅干しを一つお願いします」

「おかかと胡麻昆布、頼むよ。いつもありがとな」

「う、うん! えっと、しゃけ二つと――」


 芝生に座り込んで、それぞれ軽食を口にする。これで二回目のパーティだが、全体的な動きも悪くない。


「こんな感じで、クエストをこなしながら、ダンジョンに慣れてこうと思うんだけど、みんなはどうだ?」

「いいんじゃない? 鈴来の依頼のおかげで、半年は滞留資格、気にしなくていいし」

「後は廃ビルと森も行って、素材集めや戦闘経験積めば、十階までは安定できるだろ」

「みなさんの防具や、医薬品の充実もしたいですね。備えあれば患いなしですから」


 そんな中、おにぎりを食べながら、文城はあまり浮かない顔だった。現状を考えれば、やってるのは、ただの荷物運びだからな。

 とはいえ、このタイミングで色々任せても、本人の負担になるだけだ。


「山本さんのとこ、弁当を卸してみてどうだ?」

「え……うん。みんな美味しいって。やっぱり、日本のものが食べたかったってヒト、多かったよ」

「やったなあ。その調子で、ちょっとづつ顧客を増やしてこうぜ」

「う、うん」


 今できてることを気づかせて、自信という足場を作ってあげること。本人の焦りを解いて、のびのび活動できるよう、環境を整備すること。

 ホントは、向こうの会社でもやりたかったけど、そうもいかなかったからな。


「よし! それじゃ今日は解散だ! 納品は俺がやっとくから」

「おにいさん」


 さすがに、冷静に反応するのは、難しかった。

 軽く息をつくと、やってきていたそいつに声を掛けた。


「必要な品は全部集まったよ。これから『インスピリッツ』へ納品にいく。それが終われば、お前の依頼も完了だ」

「わかった、ですだよ。それで、その……」

「折角だから、二人で行って来たら?」


 そっけなく、柑奈は明後日の方向を見て、言葉を投げた。


「ケンカ別れするにしろ、仲直りするにしろ、あんたたち二人の方がいいでしょ」

「いや、それで余計にこじれることもあるだろ?」

「そん時はそん時よ。ニンゲンなんて、そんなもんだし」


 俺は頷いて、鈴来をいざなった。


「昼飯は?」

「……まだ、食べてない」

「じゃあ、これ!」


 両腕いっぱいのおにぎりを、文城が差し出してくる。

 それから、俺の仕事道具を引き取ってくれた。


「部屋に上げとくね。いってらっしゃい」

「おう。みんなも、おつかれさん」



 Pの館を中心に広がったベッドタウン。

 その西の端に、『インスピリッツ』の出張所がある。大抵の納品クエストは、ここに提出することになっていて、今回もそれに倣っていた。


「はい。死肉漁りの柔毛、確かに受領いたしました」


 窓口の受け付けは、アライグマの模造人モックレイスの女性。建物は、宅配便の営業所ぐらい小さかった。


「完成した依頼の品は、こちらに留め置きしますか?」

「う、うち、取りに行くぅ。ワコちゃん、挨拶、したいからぁ」

「はい。それではお品物が完成した後、ご連絡を差し上げますね。お疲れ様でした」


 あっけなく仕事が完了し、出張所を後にする。

 ここに来るまで、鈴来は無駄話をしなかった。もちろん、俺もする気はなかった。


「これで、契約完了だ。契約金は貰ってあるから、あとは好きにしろよ」

「……おにいさん、うちのこと、やっぱり嫌い?」

「言ったろ。俺は俺が嫌いなんだ」

「あと、アーティストも嫌い」


 それも結局は『俺が嫌い』という意味でしかない。

 俺の羨望を、後悔を、惨めさを掻き立てる存在として、好きになれるわけがなかった。

 空の明るさが、ゆっくりと力を失いはじめた。

 借りておいたランタンを取り出して、明かりをつける。


「家、どこだ。送ってくよ」

「ぱちもん通り。大丈夫、一人で帰れる、ですだよ」


 それには答えず、先に立って歩く。

 珍しく、鈴来は絵筆もスケッチブックも、手にしていなかった。


「おにいさん、あの絵」

「だから、好きにしていいって。お前なら、あんなのでも参考にして、もっといい絵が」

「だめ!」


 思う以上に強烈な否定に、振り返る。

 ヤギの模造人モックレイスは、泣いていた。泣きながら、かぶりを振った。


「おにいさんの! おにいさんだけの絵だ! うち、やりたくない!」

「お前……」

「うち、そんなの嫌だ。自分の絵、持ってるのに、捨てないで」


 本当に、腹が立つ。

 あんなのは、訓練も習熟もされていない、ただの手癖で、十年以上まともに描いたこともない、ただの素人絵で。

 自分の絵なんて、高尚なもんなんかじゃない。


「趣味でやれっていうなら、いくらでもやるさ。素人が絵を楽しんじゃいけないなんて話は、ないからな」

「なら」

「でも、その根っこに、俺も、プロになれたらよかったって、気持ちがずっと消えない」


 本当に、自分はどうなりたかったんだ。

 趣味人と職業人のどちらにもなれずに、自分のこだわりを背負って、道端で行き倒れる事か。

 それとも、必要と成功に身を焦がして、すべて嫌になって放り捨てる事か。


「こんなとこまで堕ちて、それでも消えなくて、でも、今更どうしようもない!」

「おにいさんは、プロの絵かきって、呼ばれたい?」

「……そうだよ。そうだった。そうだったと、思う」

「好きな絵を、描かなくてもいい?」

「どっちも、欲しいと思うのは、いけないことか?」


 たぶん、それは分けることのできない気持ちだ。

 昔、初めて自分の絵を仕上げて、とても誇らしかった。それから、何を間違ったのか、それが表彰されてしまった。

 自分の喜びと、他人の賞賛とが、噛み合ってしまった。

 好きなことと、人が喜ぶことが、焼き付いてしまったんだ。


「自分の好きなことと、人が喜ぶこと。二つで一つになっちゃったんだ。あんな成功、しちゃ、いけなかったんだ」


 いつのまにか、俺も泣いていた。

 魔界の底の底で、自分の欲望の果ての果てを、ようやく見つけていた。


「おにいさんの絵、うち、好きだ」

「……俺は、嫌いだ」

「おにいさんの話す、絵の事、好きだ」

「ただ知ってるだけだ。俺じゃなくてもできることだ」

「おにいさんと一緒にいる、みんなの顔、好きですだよ」


 その言葉には、何も言い返せなかった。

 それから、鈴来は俺の手からランタンを取って、俺を導くように歩き出す。

 逆らうこともできないまま、後についていく。

 塔前の大通りを抜け、騒がしいぱちもん通りを進み、その東の果てにたどり着く。

 鎧を着て、大槍を構えたタヌキ像にたどりつくと、彼女は手の中のランタンを掲げて、さらに東を指し示した。


「おにいさん、見て」


 まだ近づいたこともない東の大門。その右にある壁に、何かが描かれていた。

 ここではないどこか。おそらく日本の地方都市の光景が、光の消えかけた世界に浮かび上がっていた。


「あれも、お前が?」

「うち、Pの人に頼んで、壁に描くの、許してもらった。大きな絵、一杯描いて、吐き出したい。だから」

「あれは、お前の絵、じゃないのか?」

「写真。それの写し。だから、うちの絵とは、違う」


 やがて夜の闇に、すべてがおぼろに沈んでいく。壁にはそれ以外にも、鈴来の手による作品が描かれているようだった。


「おにいさん」

「ん?」

「おにいさんの絵、おいくらまんえん?」


 俺は、鈴来の顔をまじまじと見つめて、それから――噴き出した。

 腹の底から、すべてをさらけ出すように、笑った。


「えっと、うち、変なこと言った?」

「いや……まさか、そんなこと言われると思ってなくてさ。そっか……そうくるか」

「おにいさん、絵が売れる、プロになる。それでぇ、うちもうれしい。だめかな?」


 ああ、本当に、アーティストなんて、大嫌いだ。

 自分の満足だけが中心で、傲慢に、やりたいことだけをする。

 それが敬虔な苦行者に見えようが、世間にケンカを売る叛逆者に見えようが、最初から最後まで、自分の道だけを進む。

 でも、俺は違うんだ。


「俺は……『パッチワーク・シーカーズ』のリーダーだ。アーティストじゃない」

「そっか。わかった、ですだよ」

「あのスケブ、持ってるか?」


 少し用心しながら、差し出されたそれを受け取って、俺は描きかけのそれに、手を加えていく。

 あの時に感じた風を、結晶エンジンの放つ独特の香りと煙を、風雨にさらされた車体の質感を、大地を噛むホイールの振動を、思い起こしながら。

 いつの間にか、必死な顔で鈴来が灯りを掲げて、俺の手元を照らしていた。

 

「たぶん、これが今の俺に描ける、精いっぱいだ」


 とても世間に誇れるようなものじゃない。どこの画商に持っていこうが、一円の値もつかないそれを、差し出す。

 

「大事にする、ですだよ。おにいさん」

「ありがとう」


 たぶん、この胸の願いは、ずっと消えないだろう。

 死してなお、消えない残念。その始まりは苦痛ではなくて、小さくても喜ばしく、輝かしい成功だったから。

 それでも、すべてを黒く塗りつぶしていた、自虐と後悔は、薄れていた。


「白ヤギさんたら読まずに食べた、か」

「ふえ?」


 俺のくだらない物思いを、目の前のヤギは勝手に食べてしまった。

 本当に、アーティストって奴は。


「そういや、次の作品は決まってんのか?」

「うん! 次はねぇ、これ!」


 どうやら、本番の前に試作しておいたものがあるらしい。めくり上がったスケッチブックに描かれたものを見て、俺は噴き出した。


「魔界で描くには、なかなかカマしたネタだな。筆が直ったら描くつもりか?」

「うん! すぐに描く! 描きたい!」

「足場も準備しないでか?」

「……上からロープ垂らしてぇ、壁に足かけてぇ、いっつも、そんだけだよー」


 うわ、聞かなきゃよかった。なんだよその、安全教育なにそれおいしいの、みたいな、ダメダメなブラック現場は。


「……プラチケ五枚、出せるか?」

「おにいさんの絵に?」

「違うよ! お前が絵を描く時の足場! こっちで手配するって言ってんの!」

「そんなの、なくても大丈夫ですだよ?」

「ダ・メ・に・決・ま・っ・て・ん・だ・ろ!」


 連続チョップでアホなアーティストをしばき倒すと、俺は立ち上がった。


「明日、知り合いの親方に相談するから。十時に『前掛け前』な」

「なんで、うちに、そこまで?」

「……まだ、自分の絵が見つかってないんだろ」


 俺に追うべき夢は無い。

 でも、他人の夢に寄り添うぐらいは、できるだろうから。


「そのためにも、命は粗末にすんなってことだよ」

「……おにいさん、大好き」


 俺は笑って、おあいそを告げた。


「俺は、アーティストなんて、大嫌いだ」

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