第七章
Episode.29 Ten year promise
このとき、教員塔の大広間へ繋がる廊下はただならぬ気迫に満ち満ちていた。
それをひとたび目にした生徒はたちまち後ろへよろけ、固唾を飲む。普段から高貴の身と学内屈指の実力から全校生徒の注目の的となる彼らだが、今日は一段と凄みを増していた。
シルヴァスを筆頭にチーム・エンブレムが幾何学模様の廊下をずんずん突き進んでゆく。
曲がり角付近の透かし彫りの扉が半分開き、一人の男性教師が教材を抱えて廊下へ出てきた。エルゴンドラ・ニスである。
「――!!」
エルゴンドラは瞬時に察知した。正面にシルヴァスと四人の従者が対峙する。
ゴゴゴゴ…
何やら一触即発の空気を感じる。
「よいな?エルゴンドラ」
「殿下…。本当に宜しいのですね?」
「ああ。この私に二言はない」
「わかりました。どうかお覚悟を」
一体何事か、と近寄りがたい外からビリビリと緊張を感じる生徒の中にあの男――アスタ・レインハットの姿もあった。
「コイツは大変だ!!」
アスタはその足で螺旋階段を下り、途中途中にある六つの扉をバンッと開け、中央ホールの一番左奥にあるクラス・イグニートの教室へと駆け込んだ。
「オイお前ら!ビックニュースだぞ!!」
最前列の右側の席にチームメイトである、ティアラ、ウル、フォンセ、ルビーが座っている。手前のティアラとウルは教材とノートを開いて勉強していたらしい。
「何よ、アスタ。こっちは今日の小テストの勉強でそれどころじゃないんだから」
「そうだ邪魔すんなっ」
アスタは構わず目をカッと見開いた。
「なんと、あのチーム・エンブレムがチーム・ディザスターと決闘するらしいぜ!」
ティアラは即座に立ち上がり、くわっとなる。
「それは一大事ね!テスト勉強なんてしてる場合じゃないわ!」
「わたしたちが責任を持って皆に知らせなきゃ!」
「そうと決まれば、さっそく掲示板に張り紙だぜ!」
順次ビューンッと飛び出していったティアラとウルに続き、アスタも来た道を引き返していく。教室に残された読書中のフォンセと同じく勉強中のルビーはたった今、光の速さでチームメイトが消えていった入り口を見つめあっ気にとられていた。
❖❖❖
アスタたちの迅速な行動により、うわさはまたたく間に学校中に広がった。どこの教室でも世紀の一戦についての話題で持ちきりだ。クラス・イグニートでは朝のホームルームで、一人の生徒がブレイドに対しこんな質問をした。
「朝聞いてビックリしたんですが、あの話は本当なんでしょうか…」
「ああ。そうらしいな」
「で、では、やはりその…シルヴァス殿下らがお相手でも、先生方は…勝って、しまわれるんでしょうか…?」
「ったりめーだ。んなモン、秒で方がつく」
生徒からおおっと声が上がった。しかし、チーム・エンブレムの実力は先日のクラス対抗のチームバトルで目のあたりにしている。彼らが敗北する姿など想像もつかない。故にどちらが勝つのかで生徒は大盛り上がりだった。
授業の合間の15分休憩。アスタとティアラとウルは机を囲んで話に夢中だ。
「いやー、さすがにやっぱ、チーム・ディザスターが勝つっしょ。チーム・エンブレムは惜しくも最強らに届かずっつーのが妥当だな!」
「そんなのわからないわよ!シルヴァス様たちはあのチーム・スカーレットを圧倒したんだから。それに何より、シルヴァス様とエルロッド様のお顔が素敵!あれほど超美形で高貴な方々が負けるなんて考えられないわ」
「うーん、どっちが勝つかなー?悩むー」
そのとき、誰かが教室に踏み込んできた。わいわい騒がしかった空気はその者が発する平民とは別格のオーラにより一変、しんと静まり返った。
チーム・エンブレムの一人、ナディア・ストライクは鋭い眼差しをサッと向けた。
「アスタ・レインハットというのはどいつだ!」
彼女はどういうわけか、制服に剣を携え物騒な出で立ちをしていた。本能で危険を察知したアスタはシュタッと向き直る。
「はい」
「貴様か」
「いえ!アスタ・レインハットはただいまトイレに行っている最中であります」
「うわあ苦しー」
すでに身を屈めて机の裏に隠れるウルが小声でツッコむ。苦しまぎれの大嘘など、細めた両眼は見逃さない。
「貴様のことはクラス対抗戦で覚えがある。目立つ髪色に朗々とした口調…特徴が一致している。やはり貴様だな」
アスタは自分でギクッと声に出す。その反応でナディアは確信を得た。腰の剣に手を添える。
「貴様をこの場でたたっ斬る!!」
「ええっ!うそうそ何何!?どうゆうこと!?」
「問答無用!!」
「うおおおああ!?ルビー!助けて!俺を守ってくれ!!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと」
剣を引き抜き本気で襲いかかろうとするナディアから慌てて逃げ、アスタはルビーの後ろへ回り込んだ。何が何やらわからず戸惑うルビー。ナディアが接近する寸前、彼らの間に、フォンセが両手を挙げて割って入った。
「ちょっと待って下さいよ。こいつが一体何をしたっていうんです」
「邪魔をするなら、貴様から斬る」
「落ち着いてください。まずは理由を…」
「ねえ、どうしたの?大丈夫?」
フレアたちが慌てて駆けつけてきた。
「一体何があったの?」
尋常ではない状況にエレーナは眉間に深く皺を寄せる。人が増えてきたことで少し冷静さを取り戻したのか、ナディアは奥で半身を隠すアスタを睨みつつも、地を這うような声で説明を始めた。
「あの男が掲示板に張り紙などしなければ、ここまで話が広がることはなかった」
アスタはぽかんとした。
「広がることはなかったって…つまり、皆に知られたのがイヤだったってことスか?そんな理由で俺を――」
「黙れ!そもそもあの決闘は、シルヴァス様とエルゴンドラ先生個人のものだ!決してチーム戦などではない!」
「えええーーー!!!???」
全員ビックリした。
「でも、どうして…お二人がそんな決闘を?」
フレアが皆の疑問を代弁する。ナディアは懐かしい記憶を振り返るように顔をうつむかせる。
「我々は幼少期の頃、エルゴンドラ先生から剣の手ほどきを受けていた。当時、シルヴァス様は幾度も先生に勝負を挑んだが、勝てたことは一度もない。そして、こう言った。いずれ自分が力をつけたとき、もう一度勝負を挑む、そのときは必ず勝利してみせる、と。それが今度の決闘になるはずだったんだ。それをその男が!!」
突き刺す勢いで剣の切っ先を向けられ、アスタの顔がいっと引き攣った。
「だったら、今からでも撤回すりゃ、済む話じゃないっスか…!何もここまでしなくても」
「そんなことをすれば、シルヴァス様の名誉が傷つくだけだ!私は勝手をしたその男を斬るまで怒りが収まらない!」
「ヒィッ」
「待って下さい」
フォンセはさらに行く手を阻み、剣を振りかざそうとする相手に正面から立ち向かった。
「チームリーダーは俺です。あいつには、俺がよく言って聞かせます、だから勘弁してやってください。この通りです」
「私からもお願いします。どうか、剣をお収めくたさい」
「わたしも!友人としてキツく叱っときますんで!」
「アスタを許してやってください!」
「お前らも同罪だろうが!!」
どさくさに紛れて頭を下げるウルとティアラに、アスタは憤慨した。一方で、ナディアの視線は深く謝罪するフォンセとルビーの姿にとまり、しばしの間考える。やがて、渋々と刃を鞘に収めた。
「アスタ・レインハット。よく出来たチームリーダーに感謝することだな。だが、この件に関してはシルヴァス様の御耳にもご報告しておく。もし、シルヴァス様が機嫌を損ねでもしたら、貴様の命はないと思え」
最悪の捨て台詞を言い残し、ナディアはつかつかと歩き去っていった。赤髪の女剣士の背中が教室の外へ見えなくなった途端、アスタの全身からぐったりと力が抜けていった。
「マジで死ぬかと思ったぜ…」
「もう、アスタったら。早とちりしちゃ駄目じゃない」
「いやー、ほんとにスマン…。今度からはちゃんと――」
「アスタ、ウル、ティアラ」
フォンセから名前を呼ばれた三人はビクッとした。完全には振り返らない赤目が震えそうになるチームメイトたちを射抜く。
「分かってると思うが、後で話がある。時間とれるな?」
「…ウッス」
「はい」
「何なりと」
いきなり斬りかかってくる血も涙もない女剣士より、底冷えする声色でチームメイトの背筋を凍らせる彼のほうがずっと怖いと思い知る三人であった。
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