3頁 クワイアット邸へ

 ◇ ◇ ◇



 キラキラした目で屋敷や花畑を見る一花さんを見て、少しほっとする。

 日本人には珍しい亜麻色の短髪。瞳は菫色の綺麗な目だ。

 見た感じはスポーティな魅力が見える。

 珀ほどではないが高身長で、周りからも人気者だった雰囲気を覚える。だが、彼女のいう妖精さんの単語に彼女の学友たちは気味悪がっていじめていたのだろうと推測できる。

 ……せめてここでは彼女らしい普段通りになってくれればいいのだけれど。


『ねぇアヤ! その子は?』

『だれだれ?』

「依頼人の娘さんの檻舘一花おりだていちかさんです、優しくしてあげてくださいね」


 さりげなく花畑にいるピクシーたちが私に寄って来る。

 可憐で愛らしい、でも悪戯いたずら好きの彼女たちらしい衣服を纏いながら羽虫に似た羽で飛んでいる。

 

『この子、いい匂い! 好きー!』

『悪い子じゃなさそーねっ』

「う、うわわわっ、な、何!?」

「……気に入られたようですね」


 私は口元に手を当てながら笑う。一花ちゃんも、気恥ずかしそうに微笑んだ。


「では、屋敷に入りましょうか」

「は、はいっ」


 私は彼女と一緒に、屋敷の中に入った。

 綺麗に整理整頓された室内は生活感をあまり強く感じない、質素なものだ。

 だが、それが一花にとって逆にファンタジー感を感じていた。


「さぁ、どうぞ座ってください」

「は、はいっ」


 綺夜子は一花をソファに座らせて、飲み物の準備をすることにした。

 彼女のようなタイプには、紅茶でも問題ないだろうか。


「一花さんは紅茶でも問題ありませんか?」

「あ……アールグレイ、ってありますか? 飲んでみたくて」

「ありますよ。少し待っていてくださいね」


 台所に向かって、いつも入れている要領で綺夜子は紅茶を入れた。

 ポットとティーカップをお盆で持っていて、カップをテーブルの上に置いた。

 綺夜子と一花は向かい合う形で紅茶を飲む。


「……」

「……どうかしました?」


 きょろきょろと周囲を見る一花に綺夜子は尋ねてみることにした。


「い、いえ、童話に出てくる家、って本当にこんな感じかなーって思って」

「ふふふ、童話ですか」

「あ、す、すみませんっ馬鹿にしたつもりは……でも、どうして魔法使い? なのに、探偵みたいな仕事を?」


 綺夜子あやこはカップを置いて、一花にある提案を持ちかけることにした。


「それは、貴女が私の所で働くなら、考えてあげてもいいですよ」

「……本当、ですか?」

「はい、いかがですか?」


 綺夜子あやこは穏やかに微笑んだ。

 ……悪い話じゃないと感じてくれただろうかと綺夜子あやこ一抹いちまつの不安を感じつつもにこやかに微笑む。お父さんにアルバイトすることになったとかって説明すれば、多少は安心してもらえるだろうか。

 という綺夜子あやこの内面とは裏腹に一花は、うん、楽しそうとのほほんとしていた。

 一花は勇気を出して言った。


「少し、考えさせてください」

「……わかりました、ではお父様にはたまに遊びに来ると言っていた、と伝えておきますね」

「……ありがとうございます」

「……では、檻舘さんが口が堅いと判断して私の本当の職業のこともお話ししますね」

「本当の、職業?」


 ごくり、と一花は生唾を飲む。


「はい――――私は、秘匿探偵ひとくたんていなんです」



 ◇ ◇ ◇



「……その、秘匿探偵ひとくたんていってなんですか? 探偵なのに、秘匿って言うのは……?」


 一花は疑問を口にする……わたしの疑問は真っ当だ。

 だからこそ、彼女に問いかけられずにはいられない。

 私を異常者扱いしない彼女の真意を探るために。


「貴女が見た妖精さんたちと人間の間を繋ぐ橋渡はしわたし的な存在、ですね。まぁ、あまり知られていないのが実情ですが」

「……どうして、秘匿探偵ひとくたんていなんですか?」

「世界には、一般人に知られていい事件とダメな事件があるんです。例えるなら、国家機密こっかきみつ級の事件は、一般人に公表されないことがほとんどでしょう?」

「……で、でも昔よりは多少は知られるようになったんじゃ。テレビのバラエティでも、自衛隊の日常とか、軍人の訓練とか最近は増えている覚えがあります」

「確かに、昔よりも平和になったのも事実でしょうね……ですが、一般人が知れるのは一般人同士の殺人事件や事故の方が多くありませんか?」

「それは……そうかもしれませんですけど」


 黒崎さんは冷静に同時にぐうの音も出ない正論を言われる。

 そうなんだよな。他には政治家の汚職とか、性的犯罪とか色々あるけど……国の内情の全ては別に公開されているわけじゃない。でも前よりも国家機密っぽいことなんて、一般人も知るようになってきている感じではなかろうか。

 だってお菓子メーカーとかの工場とか、非公開になっていたものが段々と明るみになってきたりしているのはとあるバラエティ番組で見たことがあるし。


「国家機密とは、国民に下手な不安感を与えるわけにはいかない案件の事件がほとんどだ。軍人の内部状況を他国に知られないようにしている国なんてざらだろう」

「……なんか、はくさん偉い人みたい」

「ふふふ、そうですね。ねえ、はく?」

「……色々な文献ぶんけんを読んで、勉学にはげんでいるだけだ。国を運営する類の小説の王に当たる人間の思考に、そう書かれてあっただけだ」

「そうなんですか……」


 はくさんの説明になぜか説得力を覚えた。確かに、政治関連のことは総理大臣とかなんとか大臣とか、他の派閥の人間の不正とかそういうのは明るみに出ている。

 自衛隊とか一部の組織の事件とか、何があったのかはテレビでもあまり細かくは報道されていない気がするのも事実。

 ……うーん、そういうものって受け取ればいいのかな。


「話は戻しますね、わたし初めて秘匿探偵ひとくたんていの存在を知ったんですけど……秘匿探偵ひとくたんていは、国家機密級、なんですか?」

「……正確には秘密組織級、と呼ぶに等しいかもしれませんね」

「え!? ひ、秘密組織!? ……嘘っ」 


 じゃ、じゃあもしかしたらわたし、殺される?

 秘密を教えたのも、もしかして黒崎さんが実は殺人鬼だからとか!?

 う、うわぁ!! どうしよう……っ。


「落ち着いてください、一花さん。私は快楽殺人鬼かいらくさつじんきでも暴力組織でもなければ、宗教組織にぞくする物でもありません」

「そ、そうなんですか?」

「はい。一花さん、口がかたいですか?」

「……友達の秘密は墓まで持ってくスタイルではあります」

「では、お話ししましょう……妖精や怪異が見える者を私たちの業界では、知者ししゃと呼ぶことがあります」


 綺夜子あやこはテーブルのソーサーにカップを置いた。


「死者……?」

「知る者、と書いて知者と読みます。私たち秘匿探偵ひとくたんていで神秘存在が見える人間の通称、と言えますね。ですから貴方が聞こえる者も見える者も、全部幻覚ではないのです」


 知者ししゃ……か。

 なんだか、本来の現実が表なら、わたしは世界の裏側を覗いているみたいだ。

 彼女の漆黒の闇をかたどってめ込まれたオニキスの瞳みたいに光が入っても、奥深い暗さを宿したその瞳は、深淵しんえんもまた自分をのぞいているという言葉のよう。

 わたしのことを彼女に品定しなさだめさせられている感覚になる。

 まるで、今までの他の依頼人もそうであるかのように。

 一花は震えた声で言った。


「……本当、ですか?」

「嘘をついているなら、一花さんは私の屋敷であるクワイアット邸にも来れていませんし、間接的に北海道に来れていませんでしたよ」

「え!? 嘘!? ここ、北海道なんですか!?」

「はい……一花さんのスマホで地図を確認すればよろしいのでは? 貴方の住所と比較すればすぐでしょう」


 私は立ち上がってテーブルを叩く。

 いや、北海道だから涼しいとか、今はそういう場合じゃなくて。

 わたしは慌ててポケットに入れておいたスマホを手に取る。

 タップしてマップを開き、拡大すれば北海道の山の中なのだとすぐに分かった。


「で、でもさっきまで東京にいたはずじゃ……っ、本当に、本当なんですか?」

「はい……これが幻覚だと言うのなら、貴女だけじゃなく私も障碍者しょうがいしゃとなっていしまいますね」


 彼女は優雅に目を伏せながら紅茶を飲んだ。


「……ここでの話は、お父さんにも話しません」

「そうですか、それはありがたいことです」

「だから、黒崎探偵事務所でアルバイトをさせてくださいっ」

「そうですか、アルバイトを……はい?」


 黒崎さんはぽかんと目を丸くした。それもそうだ、私はお父さんの依頼で精神分析してもらうよう頼んだろうから。 

 だからこそ、少しでもわたしはこの世界に関わっていたい。

 死んだお母さんに読ませてもらった絵本の童話のような世界を。


「……本当によろしいんですか?」

「ダメ、でしょうか」

「……では、一花さんの親御さんにはアルバイトをしながら、リハビリを行う、という体で探偵事務所に働きますか? 私としても人手は多いとありがたいですし」

「……っ、はいっ!!」

「では、そろそろ探偵事務所に戻りましょうか。あまり遅いとお父様も心配になられるかもしれませんし」

「は、はいっ」


 そうして、私たちは探偵事務所に戻り、黒崎さんたちがお父さんに話を合わせてくれた。


「では、よろしくお願いします」

「はい、またね。一花さん」

「はい! また来ますね、綺夜子さんっ」


 わたしは扉のドアノブを握りながら手を振った。

 黒崎さん、いいや綺夜子さんはにこやかに手を振り返してくれた。

 同時にこの人はわたしに笑顔を浮かべているはずなのに彼女の黒い瞳は大人のマナーとして細める。

 だがしかし、どこまでも深淵しんえんを思わせる孤独感こどくかんこもった瞳は、彼女自身の存在の輪郭りんかくがどことなく寂し気に揺れているように自分には映った。



 ◇ ◇ ◇



「……間違いないです、彼女は

「本当か?」


 屋敷で黒服の魔女は一人呟く。

 魔女の言葉に白狼はくろうを思わせる美男子は新しい紅茶を置く。


「ええ、怪異の残穢ざんえがしっかりと、一花さんにまとわりついていました」

「……つがいが言うのだから、そうなのだろうな」

「ですから私のことは黒崎と、あつっ!!」


 慌てて彼の言葉を否定しようとして動揺したせいか紅茶を少し手にかかる。

 はくは落ち着いた声色で、私を心配げに見つめてくる。

 

「大丈夫か?」

「……ですから、そのよびかたはやめてください」

「ならば、妻と呼ぶ方が好ましいのか? ……綺麗な夜の子よ」


 彼はソファに手を置くと私の顔を覗き込む。

 綺夜子は珀の方を振り向かず、視線をらした。


「……口説くどこうとしているつもりですか?」

「そうだ。その名前はお前しか持ち合わせていない……美しい名だ」


 彼はソファから私の耳に囁く。

 羽でくすぐられる感覚よりも生々しい吐息に籠った熱の感覚に背筋が強張る。


「……綺麗な月が浮かぶ夜に産まれたから、というだけにすぎないです。私が美しいわけでも何でもないんですよ」

「なぜだ? ……初めて会った時から、お前は今でも美しい」


 言葉を選んでも、彼は軽やかに口説いてくる。

 ……珀は軟派な男ではないが、口説かれるほどの人間ではないと思っているからこそ、彼の言葉に余裕を持てるのだ。

 私は冷めた視線を送る。


「……わざと、ですか?」

「なんのことだかわからないな、お前という在り方をよく表した名だと俺は思う」


 はくは私の髪にそっと口付けする。

 私は思わず、彼のその仕草をじっと見つめてしまう。


「……ゼフィルスさん、いい加減に」

「ようやく、名を呼んだな……綺夜子あやこ


 口説こうとしてくる彼の甘言かんげんに乗せられそうになる中、必死に綺夜子あやこは冷静さを保つ。


「っ……やめてくださいっ。あくまでこの世界にいる間だけでしかないのですから、現地妻がほしいと言う策謀なら飲めませんよ」

「現地妻でも構わないと言える程度には、いてくれているのだな」

「……揚げ足を取らないでくれますか? そういう意図ではな、」

「……本当に?」


 彼はまっすぐに青氷色アイスブルーの瞳で自分を間近に目を捉えてくる。視線を少しでも逸らせば、同意と認識される空気に飲まれないよう脳をフル活動する。


「……ゼフィルスさん、いい加減にしてください」

「わかった……今日は、これ以上はしない」


 はく、いいやゼフィルスは綺夜子の髪から一時的に手を放す。

 しかし距離は変わらず、じっと綺夜子を焦がれた視線を向けた。


「だが、俺の気持ちは変わっていないぞ。我が番よ……お前は必ず、俺の妻にする」

「……今、一人にしてくれますか?」

「わかった」


 ゼフィルスは玄関に向かって扉を閉めるのを確認してから、重い溜息を吐く。


「ただのザイオンス効果でしかないでしょうに……本当になんなんですか、もう」


 彼の好意は、あくまで言葉だけのはずだ。

 ただ単に助けられたからって、恋慕の情を抱くなんてチョロい男のようには見えない人だと言うのに……なぜ、あんなにも私に好意を持っているのだろうか。

 ……彼は元の世界に帰るために、他世界の情報を集めようとしているだけだ。

 そうでしかない、そうだ。そうなのだ。


「……本当に、強引な人」


 頬に熱い物を感じながら、私は口元に手を当てた。

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