黒崎綺夜子の秘匿事件録

絵之色

1頁 語られない物語たち

 時刻は深夜の二時。丑三うしみつ時と恐れられる時間帯、一人私は私の悩みを解決してくれるであろう探偵を探していた。

 月明かりが照らす路地裏ろじうらで、犬の鳴き声が深々と響く。


「……貴方が、依頼人の方ですね」


 月の魔力で現れたのか、美女――いいや、魔女がそこに立っていた。

 柔らかくおしとやかな声色は、未亡人みぼうじんに似た雰囲気が色気がちらついている。

 黒いレースが施されたかさを片手に、まるで憧れた俳優はいゆうが目の前にいる感覚に陥る中、危険な魅力を秘めた微笑は自分の心臓にわずかな熱を灯した。

 黒曜石こくようせきと和名を持つオニキスと相違ない漆黒しっこくの瞳。

 星の無い夜空のを切り取って彼女の髪として落とし込んだと思わせる長髪は灰色にも映る世界でより鮮明に自分の視界に映り込んだ。質素な黒いワンピースは、彼女をより美しく仕立てられた特別のオートクチュールと呼ぶにふさわしい。


「貴方が、黒崎綺夜子くろさきあやこさん、ですか? 黒崎探偵事務所の……」

「はい、そうです……では、参りましょう。貴方の苦悩を、ぜひ私にお聞かせ下さい」

「は、はい」


 彼は彼女に導かれるまま、後をついて行った。

 依頼人、檻舘哲隆おりだてあきたかの依頼内容を聞くため女は哲隆を自分の事務所である黒崎探偵事務所へと招いた。


「では、こちらにお座りください」

「は、はい」


 赤革のソファに座らせて私は対面する形で席に着く。


はく、お茶菓子を用意してさしあげて」

「……わかった」


 私は彼女の隣にいる若者の目つきに怯えた。

 精悍せいかんの顔立ちで少し近寄りがたい雰囲気があるからとも言えよう。

 白髪はまだしも、しかめっ面っぽい顔つきだから、反論のしようがない。黒いシャツに白パーカーとジーパン、というシンプルな組み合わせだけでも若い女性なら美丈夫に映ることもあるだろうが、普通の一般人にとっては不良にも映る。

 にこやかに笑って黒崎さんは彼のフォローをした。


「大丈夫です、彼は私の助手なので……寡黙かもくな人なんです」

「は、はぁ」

「……それで、今回のご依頼は何でしょう? お名前は、檻舘哲隆おりだてあきたかさん、でよろしいですよね?」


 お茶をスッとスマートに珀が置いて、どうぞ、と綺夜子が言うのに対し、哲隆はど、どうも、とどもりながら会釈えしゃくした。 

 

「その……娘が、いじめにあって精神を病んでしまって、不登校なんです」

「病んでいるだけなら、精神科に行くべきなのでは?」

「こ、ここなら、そういうお仕事も詳しいと噂を耳にして来ました! ここしかもう頼れるところはないんです!!」


 声高こわだかに叫ぶ自分を彼女は手で制す。


「落ち着いてください。娘さんのお名前はなんでしょう?」

「……一花いちかと、言います」

「一花さん、ですか」

「はい、かわいい子で……昔から、何かを認識しているんです」

「何か、とは?」

「妖精さん、と彼女は言っているんです。一人で何かと話すことが多くて、それを気味悪がった同級生たちにいじめを受けたようで」

「……そうですか」

「黒崎さんは、うちの一花は障害者しょうがいしゃになってしまったと思いますか?」

「少し、違うかと彼女と会って話してみないとわかりません……お会いしても構いませんか?」

「い、いいんですか?」

「もちろんです、構いませんよ。では後日お会いしに行きますね」

「お、お願いしますっ!!」


 涙が込み上げながら、自分は安堵あんどして口角が自然と上がった。

 ……彼女ならもしかしたら、娘を助けてくれるはずだ。

 私は頭を何度も下げながら、探偵事務所を後にした。

 


 ◇ ◇ ◇



「……今回も、秘匿事件ひとくじけんか?」

「おそらくは……生活安全課せいかつあんぜんかにも念のために根回しをしておかないといけませんね」


 事件という物は全て探偵の手によって解決されるべき事件である。

 しかし、必ずしも一般人に晒される事件ばかりではない。

 秘匿事件ひとくじけん、それは一般の警察たちが解決できない事件の通称だ。


「……手配しておく」

「お願いします」


 はくが紅茶を注ぎ終わって、私は彼が入れた紅茶のカップを手に取る。紅茶の水面に映る自分の顔を見つめながら、私は再度口にした。

 これは誰にも語られない、誰にも知られることない物語。

 神秘なる者たちが起こす秘匿事件ひとくじけんの記録の一部である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る