【ED:やはりシドは凡人である】

先に結論から申し上げるとしよう。

シドは、剣の道を極める事は出来ない。


今回のシドは、夢を諦めなかった。


偶然なのか、たまたまなのか、神のイタズラなのかは分からないが、才能に恵まれずとも、絶望する事なく、諦めない道を選び、茨の道を進む事を決意した。


されど。

やはりシドは凡人である。


武器屋で剣を購入した翌日。

シドは、王都の外へと出掛けた。

そう遠くない所に森があり、そこでモンスターを討伐する計画だ。

経験を積んで、倒したモンスターの素材を売り、日々の生活の糧とする。


誰にでも出来そうな、誰にでも思いつく人生プラン。

だが、なかなか悪くない。


冒険者の大半は、そうして強くなりながら、日々生活している。

強くなれば、難易度の高い依頼を受けられるようになり、難易度の高い依頼を達成すれば、それだけの報酬と名声が手に入る。

何れはパーティーやギルドにスカウトだってされるだろう。

何時になるか定かではないが、何処かの迷宮ダンジョンの最果てに、シドが追い求めていた物があり、それを手にする可能性だって、十分あり得る話だった。


だが、そうはならなかった。

何故なら。

シドは、最初のモンスター戦で、敗戦してしまったのだから。


シドにとって、それが初めての戦いだったから?

それまで、禄に剣すら握ってこなかったから?

シドが、18歳になって日が浅く、経験や知識に乏しかったから?

そういった理由も一理あるのだけれど。

最大の問題は『相手が悪かった』の一言に尽きる。


シドが意気揚々と王都を出て、森に入って暫く歩いていると、そいつは茂みからゆらりと現れた。


森の狩猟犬フォレストハウンド


それは、シドを見つけるや否や、牙を見せて低い唸り声を上げる。

シドも負けじと剣を構えた。

初めてにしては、様になっているが、緊張しており汗が垂れている。


森の狩猟犬フォレストハウンドは通常、群れで狩りをする知性のあるモンスターだ。

鋭い爪と牙、小柄で軽い身の熟し。

チームで連携を取りながら、敵を翻弄して狩りをする。

だか、この森の狩猟犬フォレストハウンドは一匹狼だった。

やや、負傷した傷跡も見受けられる事から、群れから追い出されてしまった個体。

通称『はぐれモノ』だ。


だが、だからと言って初心者が相手にしていいモンスターではない。

ましてや、冒険者成り立ての、戦うのが初めての者が取るべき行動は、全力で逃げる事だった。


刹那。

その速さは、負傷してるとは到底思えない程に鮮やかで。

シドが幾許かの戦闘経験があれば、反応できたであろう、それくらいの速さ。

気付いた時には、その牙が眼前まで迫っており、シドはそれを間一髪避けた。

…様に見えた。


激痛を感じたのは、剣を構え直そうとした時だった。

血の吹き出す嫌な音が自分から聞こえてくる。

シドは青ざめた顔は、ゆっくりと下を向く。

そして、さっきまでそこに付いていたはずの左手を見た。

だが、あるのは引き千切られた肉とはみ出した骨だけ。

理解がやっと追い付き、そしてまた激痛を感じて、シドは叫び声を上げた。

恐怖の目で、フォレストハウンドを見ると、鋭い眼光をシドに向けながらも、口はシドのだった左手らしき肉片をガブガブと咀嚼していた。

シドは痛みと恐怖で気絶した。

※※※※※※※※※※※※※※※


後日談。

左手と右足が無い男がいた。

彼がその程度の負傷で済んだのは幸運だった。

何でも、モンスターに襲われ、喰われそうだった所を、たまたま通り掛かった冒険者に救出されたんだとか。

しかし、モンスターに襲われた事や、失った手足の精神的なショックが余程大きかったらしく、男は放心状態で、何も喋ろうとはしなかった。

負った傷は治せども、精神的な傷は治せない。

軍人や冒険者をやっていると、中にはこの男の様になってしまう者も結構いる。


王都では、冒険者であれ軍人であれ、戦いで欠損してしまい、もう戦えなくなった者を収容する施設があった。

そこでは、様々な雑務が用意されており、これらを通じて、身体と心のリハビリをしていく。

もう一度、立ち直るチャンスを彼等に与えるのだ。

戦う事以外の、第二の人生を見つける者も少なからずいる。

だが、この男は…あれから、かなりの時間が経過した様だが、完全に精神が壊れてしまっている。

ただ、自分の世界に閉じ籠もり、一点だけを見つめていた。

周りがどうなろうと。

騒ごうと、悲鳴を上げようと、苦しもうと、助けを求めていようと。

男にそれを確認する余裕はなかった。

考えるのは、何故こうなってしまったのかという自問自答と夢を壊されてしまったのに生きているということだけ。

虚しく、時だけが流れていく。

周囲の人がバタバタと倒れていくのも気付いてなどいない。

自身に何かが迫っていることさえも、どうでも良いのだ。

男は、早く自分に終わりが来ることばかりを考えていた。


そして、それは意外にもすぐに訪れるのだった。

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