第45話 終わりの言葉

 とにかく夢くんに謝りたい。好きだという気持ちだけで動いてしまってごめんなさい。夢くんのこと、追い詰めちゃってごめんなさい。


 学校が終わり、頭の中が真っ白なまま、電車に乗ってツクルGへ向かった。

 あのニュース後、携帯でも校内でも色々なコメントが寄せられた。


『まっすぐな気持ちが見ていて気持ち良かった』

『日々希の素敵な声での告白最高!』

 どれもこれも賛辞ばかり。自分のことをほめてくれるものばかり。


 でも自分は息苦しくてつらい。知らず知らず夢くんのことを追い詰めてしまったんじゃないかと思うと、つらくて……あの時、飛び降りかけてしまった学校の屋上でそのまま落ちてしまえばよかったんだ、そんな発想までしてしまう。


(とにかく夢くんに謝る……謝って、どうなるかは、わからないけど)


 めちゃくちゃ顔色が悪かったのかもしれない。ツクルGに着くなり、受付の人に「どうしたのっ⁉」と気使われた。

 夢くんに会いたい、と伝えなかったが。受付の人は「今、新谷さん、来客対応していてすぐには会えないのよね……」と言っていた。


「だ、大丈夫です……あの、話さなくてもいいので。ちょっとだけ入っても大丈夫ですか?」


 切実な訴えは「もちろん大丈夫」と快く受け入れられたものの、夢くんには会えそうにない。


(夢くん……ホントは、すぐ会いたいんだけど)


 ツクルGの社内を重い足取りで進む。通り過ぎるスタッフ達が心配そうな視線を向けてくる中、一人駆け寄ってくる人がいた。


「あ、来たね! 日々希くん」


「由真さんっ、わわ」


 由真さんは手をつかむと足早にどこかへと進んだ。通されたのは中にデスクがあるだけの誰もいない部屋だ。


「そこ座って」


 由真さんに促され、イスに座るとデスクにノートパソコンが置かれ、起動。

 映し出されたのは――。


「夢くん……!」


 どこかの部屋に座っている夢くんと伊田屋さんの姿。周囲にスーツ姿の偉そうな人達が数人いて、みんな難しい表情だ。

 由真さんはパソコンを操作し、音を出してくれた。夢くんの声が聞こえる。


『今回の件、先程弊社のホームページに謝罪を公開しました。警察にも伝えていますので矢井部長の処罰についてはそちらに任せています。成海さんのご両親にもあらためて謝罪をいたしますが前回の時点で、訴えることはしないと仰って下さっています』


 深刻な、つらそうな夢くん。見ているこちらが泣いてしまいそうだ。大事な人を亡くした夢くんが一番つらいのに。


「夢彦さんね――」


 小声で由真さんが言う。


「何度も何度も成海さんの家族に謝りに行ってる。お線香を上げにもね……伊田屋さんもついて行ったことあるかな。家族に『私が悪いんです』って言って、責任は全部自分にあるって言って」


「そんな……」


 由真さんがパソコンを操作すると視点が変わった。反対側には同じくスーツ姿できっちりとした鈴城の姿。


『今回のことは新谷さんの責任だけでありません。私の身内に大きな責任があります。そして私も、それに気づきながら手を出さないでいました。父にそのことを伝え、誠心誠意ツクルGのために尽くすように言われています』


 ……鈴城がかっこいい。あんなわがままばかりでも、ちゃんとお偉いさんの息子なんだなぁと思う。


「今回のこと、しっかり公表するんだって。包み隠さずにさ。オレ達にも仕事の受注量や問い合わせ、噂なんかで迷惑かかるかもしれないけど……って、わざわざ謝ってきてさ」


 そうなんだ。それってすごく良い会社なんじゃって気がするけど、そんな生優しいものじゃないのかな。

 由真さんは「仕方ないよね」って言いながら笑っている。


「さて、オレは仕事に戻るから。日々希くんは夢彦さんを見ていてもいいよ。多分まだ小一時間はかかるだろうし……日々希くん、夢彦さんに会いに来たんでしょ。死にそうな顔してたからね」


 それを言われ、顔が熱くなる。夢くんに会えなくて死にそう……どんだけ好きなんだと思われるな 。


「それにさ、公共の場であんな大胆な愛の告白したわけだし。その返事も聞きたいよねー。でも夢彦さんはまだ知らないかも。ずっと重役会議ばかりだからね。日々希くんが癒やしてあげて?」


 由真さんは手を振りながら「じゃね」と部屋から出て行った。

 残った自分はパソコン画面に映る社会人である夢くんを――誠実な態度を取る夢くんを、ガマンしてきた涙を流しながら見ていた。


 いつしか話が終わったのか、偉そうな人達が出ていき、夢くんと伊田屋さんも立ち上がって画面にはいなくなった。


(終わり、かな……)


 だがしばらくすると、二人の姿。

 画面に映るのは夢くんと鈴城。

 二人は対面でイスに座り、夢くんは相変わらず難しい表情で。鈴城は笑みを浮かべている。


『落ち着くまでには時間がかかるね。夢彦、もう辞めたいんじゃない?』


『そんなことはない。ちゃんとけじめつけてやんなきゃ。それにお前が手助けしてくれるから、そこまでひどいことにはならない……助かるよ』


 夢くんの声には覇気が感じられない……パソコンごしだからか。いや、きっと疲れてるんだ。


『まぁね、恋人のことだからね。助けるのは当たり前』


 ……恋人。鈴城が夢くんに対して言うと、夢くんは『そうだな』と同意した。

 二人はまだ恋人なんだ……。


『でも、それももう終わりでいい』


(……え)


 今の言葉は、どっちが……?

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