第44話 言っちゃいけなかった

 その後、矢井部長は警察に連行。被害者の自分も事情聴取があったが「ツクルGの対応に任せます」と言い、矢井部長の処分などは任せることにした。

 家に帰ってきた頃には夜も遅くなってしまい、空腹で目が回りそうだった。


(疲れた……でもこれで良かったんだよな)


 悪いやつは捕まった。あの希望ある会社には、これで変なことをするやつはいない。


(実際、スタッフはみんな良い人ばかりだもんな、夢くんも由真さんも、伊田屋さんも)


 伊田屋さんにはあの後『だまして悪かったな』と謝られた。でも伊田屋さんも会社のためにやったことだ。


『まさかお前が身を挺して矢井部長のところにいくなんざ思わなかった。しかも鈴城とも友達になっちまうなんてな』


 鈴城。そう、友達になったみたいだ、いつの間にか、まぁいい、悪い気は全くしないから。


 夢くんの住むマンション。いつものように玄関に手をかけてみるがドアは鍵がかかっていた。

 そう、夢くんはまだ帰っていない。警察からの事情聴取、さらには会社のことで話し合いしなければならないとか。


『しばらくは会社に泊まり込みになると思う。日々希、ちゃんとご飯食べて、ちゃんと学校行けよ?』


 母親みたいな心配をされたが、夢くんにしばらく会えないかもと思うと素直にさびしい。

 仕方なく部屋に入り、玄関やリビングの明かりをつける。自分が出て行った状態の部屋。飲みかけだったお茶がテーブルに置いてある。


(夢くん、ちゃんと帰ってくるよな……もう帰れないとか、ないよな)


 別に夢くんが逮捕されたわけではない。でもしばらく会えない。


(はぁ、早く会いたい)


 もう一度、あの手に触れたい。あわよくばまた身体を重ねて……いやいやいや、そこまで考えるな、身体の中心がジワジワしてしまう。


(鈴城のこと、どうすんだろ……)


 色々考えながら食事と風呂を済ませ、ベッドでゴロゴロしていたら。いつの間にか眠ってしまった。疲れもあったせいか、がっつり寝てしまい、気づけば窓から日が差し込んでいる。


(……はぁ? もう朝だと?)


 ありえない、どんだけ寝付きいいんだ。それとも余程疲労困憊だったのか、色々考えたかったのに眠りの深さがめちゃめちゃ恨めしい。

 今日は登校しなければならない。慣れた作業で仕度を済ませ、まだ時間があるのでテレビをつけた。


 すると――持っていたコップに口をつけた瞬間、とんでもないものが放送されていた。


『俺はぁっ! 夢くんのことがぁぁぁ! 好きだぁぁぁぁ!』


「――ブフォッ!」


 思わず、水、口から噴射。あーあー、もうリビングと家具がっ! なんだ今のはっ!


『はい、とても魅力的なセリフでしたねーっ! 先日、ここのショッピングモールでは友達や家族と楽しむ様々なイベントが開催されていました』


 と、テレビ上でマイクをかまえた女性アナがにこやかに説明している。どうやらローカルニュースをやっているらしく、鈴城とやったイベントのことが放送されていた。


(い、今のってどうなんだよっ! 勝手になんの承諾もなしに放送していいのか、あんなの……)


 いや、ちょっと待て。愛を叫ぶイベントに参加する前に、何か記入して同意に丸したような。

 きっとあれがそうだ、放送してもいいですよ、の同意書。


「し、しまった……」


 ローカルだから全国ではないけど。叫んでしまった。しかも今回は『ユメ』じゃなくて、れっきとした『夢くん』だ。

 これを陽平と准が見ていたら絶対に絡まれる。むしろ夢くんやツクルGの関係者が見たら、この叫んでる声は『日々希くんだ』ってなるし、むしろ自分、映っちゃってるし!


(表、歩けねぇーっ!)


 その直後、携帯がメッセージ着信を鳴らした。学校の同級生、連絡先を交換している先輩や後輩。さらには由真さん……。


『日々希くーん! さっき社内でテレビ見てた人が日々希くんの超情熱的な叫びを聞いちゃったって! 気になってオレは動画サイトで見たんだけど、すごいなー!』


 ……動画サイトォォッ⁉ そこまでアップされたら、もう全国ネットじゃなくて国際もんじゃないか! いや海外なら自分を知っている人がいないから、変なやつが叫んでるぐらいしかないかな⁉ おそろしいから動画サイト、開けないよ! ランキング乗ってたりしたら、マジで恥っ!


 テレビをつけながら立ったり座ったり、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、右往左往。気分は泣きそうだ


(いやいやいや……と、とりあえず落ち着け俺……というか、問題は鈴城が夢くんと別れていないなら、これを叫んだことにより、めちゃめちゃ関係がややこしくなる……これじゃ夢くんを困らせることに……)


 そうしたいわけじゃない。夢くんを困らせたいわけじゃない。


(でも、俺がこんなことをするのは……夢くんにとっては迷惑でしか――)


 恥ずかしいだけだった気持ちはいつしか苦悩に変わる。言っちゃいけないことを言ってしまったんだ。無理な恋だと初めからわかっていたのに。

 夢くんを救うなんて勝手なことを言って。夢くんを自分のものにするなんて言って。


(夢くんのこと、何も考えてないのは、結局俺じゃんか……!)

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