第39話 不器用な良いやつ

 どうしようと思いながらも焦る気持ちは関係なく、時間は過ぎていく。

 落ち着かない自分とは反対に鈴城は涼しい顔で

さっきから一曲も歌ってはいないカラオケの流れる画面を見ていた。


「僕が夢彦のことを好きなのは本当だよ」


 突然鈴城が告白した。


「でもそれは僕の勝手な思い。夢彦のことは無視してしまったんだ。だから安心していいよ。僕達は食事やデートはしたけど、それ以上のことは全くないから」


「マジッ?」


 思わずパッと顔を上げる。そうなるとキスしてしまった自分の方が、ちょっとだけレベルが上な気がする……レベルっていうのも変だけど。

 そんな自分を見て鈴城はクスッと笑った。


「君って本当に夢彦のことが好きなんだね、もしかして小さい頃から好きだっていうパターン?」


「だって夢くんは小さい頃から、かっこよかったんだ。なんでもできて」


「そうだね。夢彦はなんでもできるね……でもそんな人でも全てに気づけるわけではないってこと。その辺については完璧を求めないで君がサポートしてあげればいい」


「……それは成海さんのことがあるからか?」


 成海さんが矢井部長にされてることに気づかなかった。夢くんは完璧だけど全てが完璧というわけではない……そりゃそうだよ、完璧な人間なんかいないんだから。


「そうだよな。お互いの足りない部分は肩を貸せばいいんだよな」


 自分は夢くんを支える。

 夢くんを導く。助ける。

 だって大好きだし。


「あんたってさ、実は良いやつなんだな」


「……さぁね。そこは他人が決めることだ」


 鈴城は鼻で笑うと「さてと」と立ち上がった。


「そろそろ夢彦が来るだろうから僕は行くよ」


「え、待ってないのかよ」


「ここから先は君の時間だ。夢彦のこと、大事にしてやってよ。そして助けてやるんだろ」


 鈴城が意味ありげにVサインをしている。


「……明日の夕方、君が作戦を決行できる場所に行ってみるといいよ」


 そう言って鈴城は部屋から出て行った。ドアが開いた瞬間、他の部屋からは誰かが歌っている声が響いた。さっきからこの部屋だけ歌っていない、カラオケなのに。

 でもここだったら、あのセリフを言っても大丈夫かな。大声で、練習で。


「……夢くんが、好きだ」


 自分しかいない空間に、言葉が消える。


「夢くんが大好きだっ」


 ドアは閉まっている。もう一度――。


「夢くんが、大好きだ! 夢くんは俺のものだぁぁぁ!」


 その瞬間、ガタンと勢いよくドアが開き、血相を変えたスーツ姿の男性が現れた。


「日々希っ! 日々希っ⁉」


「ゆ、夢くんっ⁉」


 こんな早いのか、ツクルGからここまで。バイク、相当飛ばしたと思う。事故とかなくて良かった。


「日々希っ、良かった!」


 ボフン、と音がするほど自分の身体がソファーに倒れ込んだ。仰向け状態で上から熱いくらいの温度と体重がかかる。

 合わせて耳元に感じる夢くんの荒い息づかいと、速く動く胸の動き。また前回と同じような態勢だ、ヤバい態勢。


「日々希っ、良かった……お前、なんで隼汰と」


 夢くんはすっかり力が抜けてしまったようだ。乗っかってくる重みにそれを感じる。


「い、いや、別に……ただ一緒に遊んでただけで」


「遊ぶ? 隼汰と?」


 信じられないと言いたげだ。でも本当に自分は鈴城とバトルして遊んでいたから。

 そして自分は勝って、今ここでこんなことになっているわけだけど。


(っていうか、鈴城っ。なんで夢くんをこんなところに呼びやがったんだっ)


 鈴城自身はさっさと帰ってしまうし。この展開をどうしたらいいのだっ。いや、嬉しいけど。意識飛びそうなくらい嬉しいけど。


「日々希、隼汰に、何もされてないんだな? 大丈夫なんだな?」


「だ、大丈夫だよ……だって鈴城――さんは、夢くんの、恋人……なんだろ? なんでひどいことすると思ってんの?」


 確かに最初のうちは扱いがひどかったけど。慣れたら良いやつだった。ただ単に、ちょっと不器用なクセのある大人ってだけで。


「恋人か……」


 その言葉をつぶやく夢くんは苦々しい表情だ。それは夢くんが、そう望んでないから。それは鈴城もわかっていること。鈴城は夢くんのことが好きなんだけどな、そこは切ない。鈴城がわりと良いやつだとわかったから余計に。


「……なぁ、日々希、聞きたいことがあるんだけど。俺はあのアニメの結果を知らないんだ」


「アニメ? ……もしかして学祭でやったやつ?」


 大人気のアフレコイベント。放映したのは第一話だけで続きはDVDの購入で〜と促したやつだ。


「人気過ぎてさ、DVDは手に入らなくて。あのアニメの“響とユメ”は最後どうなったんだ?」


 それは、その……口だけがパクパク動く。この態勢でこの距離でその二人のことって、めちゃめちゃ言いづらいんだけど……“響とユメ”……あぁ、名前がインパクトありすぎた。


「さ、最後は……響がユメに告白するよ。響の大切さに気づいて恋人と別れたユメがいて、響が学校の屋上で、大勢の前で叫ぶんだ」


 さっきの自分みたいに。

 それを聞いたユメも答えてくれる。ありがちな恋愛パターン。でもボーイズラブを見る人は『最後に両想いじゃないきゃ納得しない』と作成したアニメ化のやつが言っていたから。


(俺も、そうなりたい)


 夢くんと両想い、なりたいな。


「もし、だけど。俺が、日々希を好きと言ったら、お前はどうする?」

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