第33話 呼び出し

 翌朝、いつも通り適当に朝食を済ませてソファーでゴロゴロしていたら、こんな朝早くから携帯が鳴った。誰かと思ったら由真さんだった。


「もしもし、おはようございます」


 どうしたんだろう朝から。また伊田屋さんの無茶ぶりで振り回されてるのか。


『あー、日々希くん、朝からごめんねー!』


 由真さんは朝から元気そうだ。時計を見れば九時ではあるから出勤しているのだろう。大人は大変だ。


『あのねー、実はすごくめんどくさいことを頼みたいんだけど。お願いしてもいいかなぁ』


「……すごくめんどくさいなら、あんまり受けたくないんですけど」


 いきなりすごく面倒なんて。それを先に言われて受ける人がいるのか。冗談で茶化しておくと由真さんは『お願いだよー』と甘えた声を出した。


『じゃないとさー、オレ安月給なだけじゃなくてツクルGクビになっちゃうからさ』


 それは穏やかではない言葉だ。なんだか嫌な予感がするが由真さんのお願いを聞くことにした。

 由真さんと合流するために待ち合わせたのは有名な大型ショッピングモールの屋上。美味しいコーヒーが飲めるカフェテラスがあると有名なところだ。

 休日ということで割と人が多い中、由真さんは自分を探しているのか、きょろきょろしながら立っていた。


「あ! 日々希くん、こっちー!」


 手を振る由真さんに近づくと。由真さんは両手を合わせて「ホントごめんねー」と謝ってきた。


「一体どうしたんですか?」


「それがさー、うちの会社のお偉いさんが日々希くんを呼んでこいってさ……だったら同居してる夢彦さんに頼めばいいのに、なんでかオレに命令してくんのよ。んで呼び出さなきゃクビにしてやるとかパワハラ甚だしいこと言い出すじゃん。全くひどいよねー、ツクルGの若王子は」


 クビなんて、完璧なパワハラだ。社員をクビにする権限……それがある、若王子というのは、やっぱり。


「あそこの席にいる、ホントごめんね……」


 そう言われ、由真さんが指し示した方を向く。

 そこは朝日の当たる穏やかなテラス席。そこに座った“ヤロー”はまぶしい銀色の髪をなびかせているが、こっちをムスッとした顔で見ていて非常に愛想がない。見ただけで気持ちがげんなりした。


「うぇぇ、なんでまたあいつなんだよ」


「なんだかよくわかんないけどさ、キミと話がしたいんだって」


 一瞬めんどくせ、とは思ったが。よくよく考えてみれば好都合だ。


「ふーん、そうなんですね……まぁ、オレもそろそろ果し合いしようかと思ってたんだ」


 今までどうしようかと悩んでいたけど。自分は自分の能力にあらためて気づいた。これを生かせば夢くんを助けられるかもしれない。


(いや、助ける。俺が夢くんを。そして夢くんを“俺の”にするんだ!)


 日々希はテラス席に座る因縁のヤローに近づく。ヤローは形の良い眉を歪め、歩み寄る間も自分にずっとガン飛ばしていた。


「ちょうど俺もあんたと話したいと思ってたとこだ。朝から由真さん使って自分勝手に呼び出されたのはムカつくけど。まぁありがとうよ」


「ふん、高校生のガキのくせに本当生意気なやつだよね」


 鈴城……昨日もツクルG内で、伊田屋さんとの一件でメンタルボロボロな時に夢くんの隣にいる姿が見かけたし。昨夜は夢くんと成り行き上? でいい感じにくっついてるとこを、うまいこと電話をかけて邪魔しやがったし。

 まるで監視しているのかと思うほどタイミングが悪いやつ。

 今日、ここで全てをスッキリさせてやるんだ!


「由真さーん! 俺、こいつと話があるんで! もう大丈夫ですから先に戻っててくださいー!」


 離れた場所にいた由真さんは心配そうに唇を結んでいたが、うなずいてくれた。

 それに力強く、自分もうなずいて返す。


(大丈夫だ、由真さん。もうこんなヤローには負けないから)


 由真さんが戻るのを確認してから、日々希は鈴城の真正面に座ってやった。


「んで、あんたの話ってなんだよ。先に聞いてやるよ」


「そんなのもちろん夢彦のことしかないよ。最近さぁ、様子がおかしいんだ。ずっと考えごとをしていたり、ボクが隣にいるのにキミの心配をしていたり。まぁ何を悩んでるかは検討つくけどさ、一体何をしたんだよ」


 そんなことを言われても。別に何もしてない……いや、キスはしてしまった。けどあれは夢くんからで……まぁ、話がややこしくなるから、そこは言わないけど。


「俺は何もしてない。ただ夢くんを心配でいつも気にかけて大事に思ってるだけだ。大事なら当たり前だろ、そういう気づかいすんのは」


「それならボクだって夢彦を想ってるよ」


「そのわりにはあんまり相手にされてないじゃん。あんたさ、実はあんまり夢くんに大事にされてないんだろ」


 夢くんは矢井部長に言われたから仕方なく一緒にいるだけだ。それは成海さんのことがあるからで、そこに愛はないんだ。

 あるのは仕方ないという妥協と相手に合わせなきゃ、という夢くんの優しさ……鈴城だって薄々わかっているはず。

 だからやたらと夢くんにくっついたり、頻繁に連絡を取ってアピールしているんじゃないか。


「うるさいな。ボクはこんなに夢彦のことを思っているのに……夢彦はいつも遠くを見ている。こんなに完璧なボクがいるのにね」


「完璧……完璧ねぇ」


 ならば、その完璧さを打ちのめしてやるんだ。

 日々希はイスから立ち上がる。


「完璧なら必ず勝てるんだな? じゃあ俺と勝負しよう、鈴城っ。あんたが勝ったら俺はあんたの言うことを聞いてやる。だけど俺が勝ったら、あんたは俺の言うことを聞いてもらう。どうだ、完璧なら勝てんだろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る