第32話 刺激的すぎぃ
これは演技だ……!
そう思って脱力していた腕に力を入れ、夢くんの頭の後ろに手を置いた。
(これは演技なんだ……!)
夢くんへと自らの身体を近づける。一気に近づいてきたその唇に自らの唇を押し当てる。
(え、演技、だから……)
キャラに声を吹き込む時、いつも気持ちを入れている。自分がその状況に置かれていると想定して、身体を動かして、声だけじゃなく全身で演じている……だからこれも同じだ。そう思え。
そして――言うんだ、あのセリフを。
ちょっとだけ唇を離して、声が出せるようにして。
「俺、夢くんが好きだ」
ささやくように。
「夢くんが、大好き」
ユメが好き。学祭では公衆の面前で口にした。その時と同じように。これは演技だから何度でも言える。
「夢くんが好きだ、大好きだ……」
すると夢くんも調子を合わせてくれたのか。再びキスをしてくれた。さっきよりちょっと激しくて強く唇を押し当てられた、それと――。
(ひゃっ……)
身体に触れる手が再び動き始める。手は腹を、背中を優しくなでていき、胸の辺りを動いていたら。誰にも触られることない胸の突起に指が触れてしまった。
「――っ!」
思い切り、身体がビクついた。夢くんも驚いたたのがわかった。多分意図せぬことだったのかもしれない。
自分も初めての感覚だった。開いた口が震え、吐く息も震えてしまう。全身突っ張って背中がつりそう。
(こ、これは……今のは)
頭の中では(今は演技、今は演技)とずっと唱えている。たださすがに刺激が強すぎて意識が飛びそうで。
(これはもうヤバいっ、非常にヤバい!)
もうダメかもしれない。意識消失と理性爆発。
いっそのこと、このまま無我夢中で夢くんに……そうなったらものすごく嬉しいかも。好きな人に触れてもらえるのだから、それはそれで――。
ただそういう時に限って邪魔するものというのは現れる。どこからか携帯の着信音が鳴っている。これは夢くんの携帯だ。
(こんな時間に、こんなタイミングにっ。仕事の電話っ⁉ それともあのヤローか⁉)
伊田屋さんや由真さんは、さすがに夜は電話かけてこない、常識者だから。
(だから! 絶対後者だ!)
「……ふぅ、電話、鳴っちゃったな」
夢くんは残念がるような名残惜しいようなため息をついた。それも夢くんの演技なのかどうかはわからない。
「ごめん、日々希……嫌だったか」
夢くんが心配そうにたずねてくる。その答えはもちろん(嫌なんかじゃない)だ。
せめてそれを伝えたい。でも色々なもので身体に力が入っていたせいか、またもや声が出ない。
だから首を横に小さく振る。全然嫌じゃないよ、と思いながら。
「日々希」
夢くんの手が最後にこれだけ、とばかりに自分の頬に触れる。あったかいを通り越して熱いくらいで、若干汗をかいてる手。
……夢くんも緊張したのかな。
「日々希、お前の演技力、すごいな、すごいドキドキした……ありがとう、教えてくれて」
夢くんはそう言って部屋から出ていった、っていうか、ここ夢くんのベッドなのに。
寝る時は自分はもちろん、自分のベッドに戻らなきゃ。
けれど、身体が完全に脱力していてすぐには動けない。仰向けになり、全ての興奮を吐き出すべく、大きくため息をつく。
(ヤバかった! 何もかもヤバかったよー!)
というか、このままもう全てを夢くんに持っていかれるかもしれなかった。それでもいいと思う自分がいる。
でもまだダメだよな。何も決着がついてない。
今のはちょっと演技の練習しただけだ。
(ちょっとだけな……)
でも……と、自分の頭の中で何かが閃く。
そうか、自分は演技をすることができるんだった。自分は声優志望だが声優はただ声を出すだけじゃない。リスナーにリアルを伝えるために感情表現をしっかりするために演技するんだ。
気持ちを込めて。悲しい時は泣きたくなるような悲しみを込めて。
嬉しい時は幸せな気持ちを込めて。
(そう、自分は演技ができる。俺の特技だ。絶対に騙されるやつもいると思う)
いいこと思いついた気がする。良い雰囲気で夢くんが離れていってしまったのが残念だけど。
(なんだかうまくいく気がしてきた、っていうか、うまくいかせてみせる!)
迷っていた自分の中に決意のようなものが生まれた。この状況がなんとかなるものと思って気持ちが前向きになった。
(全てが片付いたら今度は演技じゃなくてちゃんと気持ちを伝えて……そしたら今度は本当に夢くんの手の感触とか、キスの感触とかを、刻み込みたい……!)
でも演技と思われているけれど嬉しかった。
夢くんにキスされちゃった。身体も触られちゃった。
(あ……ヤバい、思い出すと、ヤバいかも)
現実問題だ。それぐらい性的興奮を覚えたら自分の身体の中にあるものが元気になっちゃって……でもそれが今発散できない状況で。
これぞ生殺し状態というやつ。
(うん……これはどうしたらいいんだ?)
夢くんのベッドに寝転がりながら、しばらく頭を悶々とさせることになった。
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