第15話 怒りと思考停止!
(由真さんっ! 由真さんっ!)
通路を通り過ぎようとしていたのはまさかの由真さんだ。何やら道具箱を抱えて仕事中。
(由真さん、気づいて! 助けてくれっ!)
この状況を打破するため、矢井部長に見えないように手を細かく振る。
すると願いは叶い、由真さんはチラッとこちらを見ると目を丸くして(おぉ、わかった!)と道具箱を支えながら親指を立てた。
「うわぁぁっ!」
由真さんがわざとらしくこけたように、道具箱を落とす。たくさん物が入っていたのか、中の物は散らばり、ガラガラとにぎやかに音を立てた。
「あーヤベー、転んじまったぁ!」
ついでに由真さんが床にズデンと寝転ぶ。由真さんの動きと言葉を聞いていたが、ものすごい大根役者っぷりだ! 演劇科の自分としては「なんだそれは!」とダメ出ししたいぐらいだが、演劇科のOBにそんなことはできない……というか由真さん、元演劇科だよな。ブランクのせいかな、ブランクあるとこんなふうになってしまうのか。
「あっ、大変だ! ほら夢くんっ」
こちらも慌てた“演技”をして夢くんの腕を引っ張り、由真さんの元へ駆けつける。ちょうど通りかかっていた他のスタッフもゾロゾロと助けに来てくれて、通路は一気ににぎやかになった。
「なんだなんだ、大丈夫か」
「おー道具も由真も大丈夫かー?」
「っというか道具が大丈夫かぁ」
周囲に声をかけられつつ、みんな道具を戻すのを手伝ってくれる。夢くんも矢井部長の方を伺いながら片付けをしていたが、やがて矢井部長は肩をすくめるとどこかに行ってしまった。
やーい、ざまーみろだ。
片付けが一段落すると由真さんはまた道具を抱え直し「どうよ、オレの迫真の演技」と自慢げだった。
ここは否定すべきなんだろうか、うーん。
「はは、演技力はともかく、助かったよ由真」
夢くん、さり気なくディスっている。やはり夢くんも気づいていたようだ。
「いえいえ、なんだか日々希くんも巻き込まれていたみたいだから、なんとかしなくちゃって思って。お役に立てたなら良かったっすー。じゃあお礼は日々希くんのハグでも――」
「じゃあ後で伊田屋さんにハグしてほしいと伝えておくよ」
夢くんの冗談に由真さんはあからさまに嫌そうな表情だ。
「……それは遠慮してきまーす。イダヤさんのハグなんて無精髭痛いし、おっさん臭がた…するだけ」
由真さんがそんなことを言った途端、どこからか視線を感じた。振り向くといつの間にか通路の隅に伊田屋さんがいて、グラサンごしにこっちを見ている。
由真さんは息を飲むと「じゃあオレ、仕事に戻りまーす」と足早に去っていったが、伊田屋さんも反対の通路からスッと由真さん方面に歩いて行ったようだが……修羅場かな。
「日々希」
呼び声にハッと振り向くと。頬にあたたかみと程よいやわらかさを感じ、目が点になった。頬には夢くんの大きな手が当たり、手の温度を感じる。
「大丈夫か? ごめんな、さっきは。かっこ悪いところを見せちまったな」
夢くんは申し訳なさそうに苦笑いだ。確かに低姿勢過ぎて、いつもの堂々とした夢くんとはだいぶ違っていた。
「いや、大丈夫だけどさ……会社って色々大変なんだな?」
「まぁね。でもお前のことだけは、守らなきゃ……」
「え、何?」
声が小さすぎて聞き取れなかった。聞き返したが夢くんは繰り返してはくれず、頬からも手を外す。頬が急に寒くなった。
「さっきのは矢井部長という俺の上司。伊田屋さんよりも上の人だから頭が上がらなくてさ」
やはり、あいつが! ……とは言わないけど、めちゃめちゃ納得できる。
「すっげー嫌なやつだったぞ。俺、殴ろうかと思った」
軽口を飛ばし、夢くんが『そんなのはダメだぞー』と優しく言ってくれるかと思った。
しかし夢くんの口から出たのは「……ごめんな」という小さな言葉。どうにもしてあげられない夢くんの葛藤がわかるような儚さだ。
(夢くん、やっぱり矢井部長に何か握られてんだな……俺のかっこいい夢くんをこんなにするなんて許せねぇ)
沸々とあの白髪中年に対する怒りが湧いてくる、やっぱりぶん殴っておけばよかった。
(鈴城隼汰と矢井部長……俺の倒す中ボスは二体ってわけだな。そうしたら夢くんを助けられる=奪えるってわけか!)
夢くんに知られないように拳を打ち鳴らしていると「さて」と夢くんは気を取り直した。
「日々希、疲れたろ。今日は早く上がるから今日こそ一緒にメシ食べに行こう。近くに焼肉屋があるぞ」
「焼肉っ! 行く行く!」
そうと決まればまた“邪魔”が入ったら困る。夢くんの腕を引っ張り「早く行こう!」とまくし立てた。
メシも食いたいが、とにかく夢くんと一緒に過ごして、夢くんのことを調査したいのだ。
「わかったわかった、引っ張るなよ日々希――ほら」
夢くんは腕をつかみ返し、スルリと自分の手を取り、つないだ。
自分から腕を引っ張っておいてなんだが、夢くんから手を握られる動作には(えぇっ⁉)と身体中の血が湧き上がるようだ。
「なんだよ、昔はこうして手をつないで歩いたんだぞ。公園行ったりお祭り行ったり」
興奮も゙束の間……また子供扱いだ、そう思っていたら。
「でも今のお前の手は、大きいんだな。それにスベスベで気持ち良い。ずっと触っていたいな」
……思考停止っ!
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