第7話 ラブとはなんぞや

 この状況、もしかしなくてもわかる。見つめ合う二人、くっつきそうなほどの唇の近さ。異様な空気の熱さ……なんかムンとする感じ?


(え、え、え、夢くんっ⁉)


 見てはいけないものを見たような。同時に胸の中にグサリと図太いものが刺さったような衝撃。そのまま意識消失しそうだ。


 よく考えれば夢くんほどかっこいい人が恋人がいないわけはない。そりゃ同じ会社の人と付き合っていたとしても変なことじゃない。


(まさか由真さんとは思わなかったけど……! いや由真さんもかっこいい人だけど! けど、こんな、そんな……)


「んー、なんか違うな?」


 自分の頭が混乱と絶望に打ちひしがれていると。夢くんは「やれやれ」と由真さんの上から退いていた。

(あれあれ?)と自分は目を見開く。


「よくわからないなー。全然ドキドキもしないし、興奮もしないし、由真にチューしたいとも思わないんだけど」


 夢くんは苦笑いしながらソファーの端に座り、ローテーブルの上にある紙の束に目を落とした。


「それはオレも同じっす! っていうか、なんでオレが下なんすか。オレはどっちかと言うと上派っ! まぁ別に夢彦さんみたいなイケメンに組み敷かれるのも悪くないけど、やっぱ上がいいやー」


 由真さんがよくわからないことを言っている……上や下ってなんだろう。


「俺はごめんだよ、由真。お前が相手じゃなあ……でも由真が言い出したんだからな」


 あれあれあれ、と再び自分の頭は大混乱中。今のは一体なんだったんだ?


「日々希達のやっていたボーイズラブが良かったから次のゲームはそれで、なんて。二番煎じは良くないし。だからと言って伊田屋さんが『それならリアルを求めろ』とか言うからやってみたけど、全然実感わからんし。そもそもボーイズラブって旬なの?」


「伊田屋さん的には全然アリだって話っすよ。むしろどんどん普及すべきだって。だってほら、結構男キャラがつるんでるだけで、そっから想像膨らます二次創作とかもあるじゃないっすか。だから全然廃れてはいないし。せっかくゲーム制作できるんだから色々なものにチャレンジした方が夢があっていいじゃないっすか」


 由真さんは明るくハキハキと答えていた。適当そうだけど、ある意味夢に溢れたところがあるようで聞いていると好感が持てる。


「夢かぁ……まぁ、それも大事だな。この年になると夢だけだと難しい部分もあるけど」


 一方の夢くんは、ちょい年寄りくさいことを言っている。そんなに謙遜するほど年を取ってるわけでもないのに。

 とりあえず、あの二人が付き合っているわけではないとわかり、ホッとした。ボーイズラブのゲームを作るための打ち合わせ的なもの……二人の声しかしないから、あの見た目怖い伊田屋さんはリビングにはいないようだ。


(夢くん……ゲームの制作を手伝ってくれって言ってけど。俺にできるのは声を入れることだけ……まさかアニメだけでなく、ゲームでそれをやれ、と?)


 ボーイズラブのゲーム、必然的に恋愛もの。また告白しなきゃいけないのか。


「ん……あれ? 日々希、もしかしなくても帰ってきてる? おかえりー」


「あ、日々希くん! おかえりっすー!」


 静かにしていたが気配を感じ取られたらしい。恐る恐るリビングをのぞいて「ただいま」と返した。


「あ、ねぇねぇ夢彦さん! 現役アオハル高校生の日々希くんなら恋愛とはなんぞやみたいなの、わかるんじゃないっすか? ほらアフレコアニメだってめっちゃ迫真の演技だったし!」


 アフレコのことを持ち出されると息苦しくなる……だって夢くんには気にされていないけど、キャラクターにつけた名前の件もあるので。

 話を振られた夢くんは「うーん」とあごに手を当て、何か考えている。


「ゆ、夢くん、なんだよ?」


 先程見た光景のことはわざと口にはせず、夢くんの回答を待つ。考えている表情もかっこいいなーなんて見惚れている。


「んーあのな、新しいゲームで……こいつがボーイズラブやりたいっていうからさ。ボーイズラブっていったら、まぁ恋愛だよな。だけど俺はプランナーとして、その魅力がよくわからん。恋愛はいいことだけど、俺が魅力を感じられないと、うまくプレゼンできないし……それで伊田屋さんにリアルを身を以て体験すればわかるんじゃないかとか言われたんだけど。まぁ、こんな由真を相手にしても全然、わからんわけ」


 説明する夢くんの隣で「なんかオレ、ディスられてない?」と由真さんがふてくされている。


「そ、それで、俺にどうしろと?」


「日々希は誰かに恋してる?」


 ド直球な質問、しかも答えが目の前。

 思わず目が泳いだ。


「う……ま、まぁ、うん……」


 顔の熱さを感じていると由真さんが「いいっすねぇー」とツッコんでくる……これ以上は恥ずかしいのでやめてほしい。


「なるほど。で、日々希、それはどんな感じ? 苦しい? 楽しい?」


「え……えっと……」


 そんなことを言われても、うまく説明の言葉が見つからない。その対象がすぐそこにいるから余計に……でも夢くんを見ながら言えることは。


「う……苦しい時もある。その人を見ると、胸がいつも苦しい……息が詰まる。でも、同時にその人を見ている幸せも、感じる、かな……」


 まさに今がその状態なんだけど。

 正直に、なんとか思いを伝えると夢くんは納得したようにうなずき、由真さんは「わぁ、すっげー」と感動していた。


「日々希くんの言葉、めっちゃ説得力ある。聞いてるこっちがキュンとしてくるもん……いいなぁ、日々希くんみたいな子に好かれたらさ。ね、ちなみにその人は近くにいる人なの?」


 由真さんのその質問は非常に答え難かった。

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