第2話 当たり前とは

彼女は冷たい手を無遠慮に紙袋に突っ込んで、1本と言わず5、6本のポテトを引っ掴み口に押し込んだ。

「一応言っときますけど、あたしはいつも一人だよ。他人とつるんでばっかのヤンキーとか、しょうもないのと一緒にしないで。学校に行かないのも、この髪も、自分が好きでやってることだから」

赤い髪の毛を指先でいじくりながら、宇佐美はやけに強い口調で言う。

「……その割にオレに話しかけてきてんじゃん」

ユキタは思わず辛辣な言葉を返す。孤独を気取ってかっこつけてる割に、知ってる顔と見たら擦り寄らずにいられないなんて。そんなのただの淋しがり屋だろ。ユキタは鼻白んだ。

「や、君に用事がないわけじゃないんだよ」

そんな気持ちを察したかのように、切れ長の大きな目がユキタの目を覗き込む。あまりにまっすぐな視線に、ユキタは思わず怯んで体を反らした。

「盗み聞きしたみたいでごめん」

一体なんの話を始めるつもりなのだろう。皆目見当がつかない。

「藤村くんさあ、覚えてないと思うんだけど、前の席の友達とこんな話してたよね。」

「……どの話?」

「朝起きなきゃいけない生活が当たり前ってことに全然納得いってない。そう言ってた」

あーそれは…確かに…

「……うん、それは言った気がするな」


朝が苦手で夜が好きなユキタは、決まりきった生活リズムというものにうんざりしている。体調も体内時計もみんな違うはずなのに、夜は眠り、朝は起きる。それが当たり前だから、そうしなさいってさ。ユキタは小さな頃からずっと不満に思い続けている。

「あたしそれ聞いて、まじでほんとそれ、って思ったんだよね。」

パーカーに顔を埋めて白い息を吐く。宇佐美の反対側から照らす街灯が、横顔の彼女の産毛や、アホ毛や、まつ毛をきらきらと縁取る。案外可愛い顔してるんだな、と思わずユキタは宇佐美に見惚れながら、静かに彼女の次の言葉を待つ。

「世の中にたくさんあるでしょ。納得いかないのに当たり前だと思わされている、いろんなことがさ」

そうそう、そうそうそう。まさに、そのことを今日、ユキタも考えていたのだった。生活態度に各教科の習熟度、それらに取り組む姿勢。中学校での一挙手一投足のありとあらゆることに成績がつく。それを原資に受験をして、中学校を卒業すれば次は高校生になる。そのルートを、ほとんどの人が疑いなく進む。誰が決めたんだ、そんなこと。オレは全然納得いってない。


だが、宇佐美の次の一言で、ユキタは肝を冷やした。

「それ聞いて、確かにって思って、馬鹿馬鹿しくなって次の日から学校行くのやめることにしたの。」

「……マジかよ」

ユキタは狼狽えて脇の下に冷や汗をかく。そう来たか。他愛ない雑談が一人の中学生の人生を変えてしまったってこと?不登校の生徒を一人生み出してしまったってこと?ユキタはおそるおそる口を開く。

「けどオレ、そうやって文句言いながらも毎日学校には行ってるよ。遅刻もしないで真面目に。」

言動の不一致。さっき彼女を責めたユキタに向かって、返す刀が刺してくる。文句ばかり言って反抗することも出来ないでいるオレこそ、超ダサいのではないか。

「そんなことはいいんだよ。」

は、は、は。吹き出しみたいな白い息を吐き出しながら、ユキタの心配を気にも留めない様子で宇佐美は笑う。ブランコを漕ぐみたいに、揃えた脚を曲げたり伸ばしたりしながら、なんだか機嫌が良さそうだ。

「本の中に見つけるのでも、テレビの芸能人が言ってるのでも、電車の吊り広告に書いてあるのでも、フォーチュンクッキーからメッセージが出てくるのでも、なんでも良かったんだよ。その時あたしが欲しい言葉をくれたのが、たまたまあんたの形をしてる人間だったってだけのことだから。」

なんだ、とユキタの体から力が抜けて、肩を落とす。

「オレじゃなくても、背中を押されれば誰でも良かったのかよ。」

「そういうこと、お構いなく。だけど一応感謝してんの。あたし今の暮らし結構気に入ってるからさ。」

ほっとして、ユキタは思わず笑う。宇佐美吉花、変な奴だな。学校で会えないのがもったいないけれど、だからこそ培われた価値観があるのかもしれない。

「もし、君の顔を次に見たら、話そうと思ってたんだよ。ありがと、フジムラユキタくん。」

宇佐美はにっこりと笑って、袋の中身をもう一掴み…しようとするが。

「あれ、もうない」

「そうだよ、あんたがみんな食べちゃったんだから」

ろくに晩飯も食べずに家を出てきたオレのおやつを、すっかり食べ尽くしておいて。ユキタは呆れつつ、笑顔になっていたのだった。

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