ユキタとうさ吉
荻野目曇
第1話 公園の幽霊
この季節の夕方6時半なんて、もうほとんどすっかり夜だよな。ユキタは白いため息をつく。今日の最低気温はマイナス2度。寒さと暗闇に気が滅入る。
中学一年生のユキタはコンビニで買ったフライドポテトをカシワギ公園のベンチに座って頬張っていた。2月の終わり。学年末テストの結果が悪すぎて、親にしこたま怒られた日のことたった。
塾に行く足取りも重い。結果を先生に報告したら、がっかりするか、怒られるか…道中の公園で思わず座り込んでしまって今に至る。この世に自分の味方なんて誰もいないような、手の中の紙袋から伝わるフライドポテトの温かさだけがこの世とのよすがみたいな、そんな気分の時だった。
「藤村有希太くんじゃないですか?」
突然、暗がりから人がぬっと出てきて、ユキタは驚きで体が固まった。ベンチ脇の電灯に照らされる、赤くて丸いショートカット。お父さんにでも借りてきたみたいな、サイズの合ってないくそでかい白いパーカーをずるりと着ている小柄な女の子。ユキタはまずその派手な髪の色にびっくりした。
「誰?怖いんですけど」
目を逸らして答える。足元に目を落とせば、ピタッとしたスキニーパンツに履き込まれたブーツ。こんな子知らない、初めて見たはずだ。いや、そうかな…なんか、どこかで…
ユキタが住んでいるのは、地方都市のそのまたはずれ。田畑及び住宅が集まり、その中にぽつりぽつりとコンビニ、ドラッグストア、スーパーなどの、必要最低限の店があるだけの退屈な町だ。酔っ払いがバス停から帰宅中のOLのあとをつけて襲ったとか、やかましいバイクの音が寝た子を起こすいきおいでけたたましく走ったりとか、自宅の一ブロック先の無人餃子屋を強盗が襲っただとか。あまり治安の良い場所ではない。
そんな町の様相に合わせて、ユキタの通う中学校にはやんちゃな不良が結構な人数、いるらしい。とはいえ、今時のヤンキーはみんな学校になんか来ない。夜のカシワギ公園はそいつらの溜まり場になっていた。奴らは夜光虫のようにここらにノーヘル原付で集っては、タバコのようなそうでもなさそうなものを燻らせたり、大声で叫んだり喧嘩して騒いだり、爆竹をパンパン鳴らしたりしては警察を呼ばれていると、この間全校集会で聞かされたばかりだった。もしかしたら、彼女も仲間のうちの一人かもしれない。夕方だからと油断して、しくじったな…とユキタはため息をついた。
「宇佐美吉花。君のクラスの幽霊だよ。」
彼女はダボついたパーカーの袖口をたるませてゆらゆらと動かし自己紹介をする。ああ、なるほど、それでわかった。入学式から三日ほど登校して、以来姿を見たことがない女子だ。中学校入学に合わせてどこからか転校してきたらしくて、彼女のことをまともに知ってる奴は周りに誰もいない。正直なところ、ユキタ含めてクラスメイトからはもう存在自体を忘れられていたから、幽霊という自己紹介は言い得て妙だった。
「名前だけはわかる。でも悪いけど、顔は全然覚えてない。」
「お陰様で絶賛不登校だからね。これでもテストだけは受けてるんだよ。みんなとは別室で、黒いスプレーで頭ごまかしてさ」
宇佐美はどっかりとベンチに座る。面倒な奴に絡まれた。まだ少し早いけど、塾はもう開いているだろうし、と立ちあがろうとすると。
「それ一本ちょうだい。ちょっと話に付き合ってほしい」
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