鍋の約束
眠太郎
鍋ギターおじさん
最近巷で話題になりつつある鍋ギターおじさん。それは毎日決まった時間に大阪駅前で鍋を頭に被って、いつの曲か分からない昔の曲1曲だけを弾き語りをしているおじさんのことだ。初めてSNSに動画が投稿されてから爆発的に人気になり、今では鍋ギターおじさんを見るためにわざわざ遠方から来る人までいる。
そんな鍋ギターおじさんというのは俺なんだけどな
おじさんと言ったってまだ20代なんだが、鍋を被っているせいであまり顔が見れないからかおじさん扱いされてしまう。晒されて辛くないのかって?辛いわけないだろう。誰に動画を撮られて、バカにされて、罵られて、笑われたって辞めない。これは俺の親友との約束なんだから。
あいつとの約束なんだから。
俺には小学生の頃向かいに住んでいた『駿』という友達がいた。小学校1年で同じクラスになり、そこから家も近いことからすぐに仲良くなり、何をするにも一緒に居るようになった。
小4の夏休みのある日だった。駿が急に俺に話しかけた。
「ねぇ。もし僕が居なくなったらどうする?」
「は?急に何言ってんの?」
「もしも。もしも居なくなったらどうする?」
やけに真面目な顔で聞くから答えないのは悪いと思って
「うーん……探し出す。」
「え?」
「人が居なくなることなんてないから。何年。何十年。何百年経ったって駿を探し出す。」
駿は目を丸くしてこっちを見た。そして笑った。
「何言ってんだよ。」
「なんで笑うんだよ。本気だからな!」
駿は笑いながらも少し複雑な顔をした。俺は駿が何か隠していることが顔で分かった。
「駿。」
「なに?」
「なんかあるんだろ?言ってくれよ。」
「え?何もないってば。」
そう言って目をそらす駿。
「隠し事はしない約束だろ?」
隠し事はしない。これが2人の大切な約束だった。
俺があまりにも真剣に言うから駿は諦めたようにこっちを見て口を開いた
「実は、引越しすることになったんだ。」
「え?」
「遠くに行っちゃうんだよ僕。お父さんの仕事の都合で。だからもう会えなくなっちゃうんだ。」
「いつから決まってたんだよ」
「3ヶ月前。もう明日の朝出発しちゃう。」
「な、なんでそれを早く言ってくれないんだよ。」
「仕方ないだろッ。僕だっていつ言おうか迷ったよ。今日こそ言おう、今日こそ言おうって思って毎日居たよ。でも、言ったら今みたいに悲しい顔させちゃうだろ。親友の悲しい顔なんて見たくないから。」
「どこ引越しすんだよ。」
「大阪。ここからすごい遠いとこ。」
社会で習ったことある場所だがここ愛媛からすごく遠い。だから簡単に会いに言える距離では無いことは小学生ながらに分かっていた。
「見つけ出すよ。」
「え?」
「だから、大人になったら大阪に行って、絶対お前を見つけるよ。」
「何言ってんの。すごい遠いんだよ?しかも大人になっても大阪にいる保証なんてないんだよ?」
「それでも!それでも、絶対にどこかにいるお前を見つける。」
「……な、何バカなこと言ってんのさ。」
「う、うるせぇ。駿が1番俺がバカなこと知ってるだろ。」
「うん。知ってる。バカなことも。約束は絶対守るやつだってことも。」
「駿…」
「僕も絶対大人になったら大阪で居るから。」
「じゃあさ、俺。鍋被ってお前が好きなあの曲弾くよ。」
「なんで鍋なんだよ。」
「わかりやすいじゃん。絶対鍋被ってギター弾く奴なんて居ないだろ?俺はずっと待ってる。大阪に行って。」
「やっぱバカだなぁ」
2人でたくさん笑った。夕日がだんだん隠れて月が見えてきていた。
「もう帰らないと。」
「そうだな。駿の門限だもんな。」
「……ありがとう」
「こちらこそだよ。言ってくれてありがとうな。」
それから俺たちは俺たちの家まで帰った。2人とも何も喋る気にならず、終始黙っていた。この時間が永遠に続けばいいなと思ってしまったのは俺だけなのかもしれない。
俺たちの家の前で立ち止まった。
「バイバイ……」
「バイバイじゃねぇだろ。またなだろ?」
「そうだね。またね。」
「おう。またな!大人になったら会おう。」
俺は駿が家に入るまで見送った。
次の日の朝、駿の家を見るといつも泊まっている駿のお父さんのでかい車も無くなっていた。
今日も俺は大阪駅前で鍋を被ってギターを弾く。
今日もいつもの曲を歌う。今日も駿は居ないみたいだ。半年ほど前金を貯めて頑張って大阪に来たが未だに駿は見つからない。それでも俺は辞めない。今日はもう帰るためにギターを片付けていると誰かが俺に声をかけてきた。いつものコラボのお願いをしてくるYouTuberだと思った。
「あの。すいません。」
「あー、すいません。コラボとかはしない……」
顔をあげるとそこにいたのはあの時と変わらない顔をした駿だった。
「し、駿。」
「やっと見つけたよ。親友」
鍋の約束 [完]
鍋の約束 眠太郎 @Karupasunemu
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