第4-9話 エルフとの初対面
原宿ダンジョン、クラン【炎麗黒猫】拠点――。
「まずこれが日本語のひらがなね。50種類くらいの文字があって……」
炎の仮面冒険者はクランマスタールームにて日本語の勉強会をリモートで行っていた。
リモート画面の相手はダンジョン120層で新人配信者として確保したサキュバス。
桃色髪の
サキュバスはクラン【炎麗黒猫】に拘束されている訳でもなく、今の120層の白亜の城で過ごし続けているが、配信者としてデビューする為の研修は強制されている。
その気になれば逃げる事も可能なのだが、彼女自身、新たに登場した人間の文化――配信というモノに興味があるようだった。
【魔族】が配信冒険者から奪ったという撮影ドローンなどの機材も【城の主】である彼女に献上されていた事が後で判明した。
人気配信者の添い寝ASMR動画を見せたら好反応だった。
サキュバスとしてこういう【魅了】の仕方もあるのかと衝撃があったらしい。
「これが『あ』ね?そしてこれが『い』。そのふたつを合わせたのが『愛』。サキュバスの【魅了】に跳ね除けた力ね」
炎の仮面冒険者による面倒くさいあいうえお講座が展開されていた。
クランマスタールームに秘書的存在の戦闘用3D-AI海咲ちゃんが入室してきた。
「71層に出張している防衛省冒険者救護班からの報告です。サキュバスの城にて保護された獣人、そしてエルフの男性が意識混濁状態から脱したとの事です」
「そうか。なら良かった」
「会いに行かれますか?」
「エルフの男性とはもう話せそうなの?」
「言葉が通じず、混乱して目を閉じコミュニケーションを拒否してしまうようで異種族間交流が可能なマスターに来て頂きたいようです」
「なら行かなきゃ」
炎の仮面冒険者は防衛省が管轄している治療空間へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
原宿ダンジョン71層。防衛省冒険者救護治療用施設――。
「こちらです」
案内してくれたのは白衣を纏った人間そっくりの3D-AIだった。
医療行為を円滑に行う為の無菌空間、その空間を進むとあの白亜の城で保護された獣人たちがベッドで療養している場所へと案内された。
保護された獣人たちは大人しかった。まだ精力が完全に戻ってはいない様だ。
もし暴れられたら危険と判断したため、彼らの世話をしているのは看護用3D-AIの彼女たちだった。
防衛省からの要請で一時的に派遣された人間の看護師さん達はというと――。
「あれがエルフ?」
「なんて美しいのッ!!」
「はぁぁぁぁぁ……なんて尊いお顔」
容態を確認できるよう、透明な特殊ガラスが張られた集中治療室で横になっているエルフの男性に視線が釘付けだった。
「「「し、失礼します!!」」」
猫姿の炎の仮面冒険者に気づき、彼女達は慌てて業務に戻った。
(サキュバス配信もいいけど男性エルフ配信は女性視聴者にウケそうだな)
男の中の配信中毒者の血が騒ぐ。
「ああ。ダメダメ。邪な気持ちで接したら絶対警戒されてしまう」
初めてのエルフ族との会話。
女性エルフをアバターにしたヴァーチャルライバーの配信なら今までいくらでも見た事があるのだがまさか本物と話す日が来るとは。
もしかしたら奇跡の霊薬――エリクサーに関する情報もエルフなら知ってるかもしれないとSNSで話題になっている事も知っている。
まずは友好関係を築かないといけない。
『なあ?イルフェノはエルフとも会話出来るの?』
『――どうかしら?』
『どうかしらって?』
『――エルフ族は壮大に生い茂る
『そうなの?』
『――
『おおぅ……じゃあイルフェノもエルフと対話するの初めてって事?』
『――ええ』
とにかく話してみない事には始まらない。
120層より下の階層の情報も出来るだけ欲しい。
エルフ族からも好感を得られそうな森の動物をイメージする。
(『森の賢者』といえばフクロウだけど神聖視されてる事もある存在を火精霊が真似したら逆に不快にさせてしまうか?)
炎の仮面冒険者は悩んだ結果。
『イルフェノ、周囲の眼に触れないよう炎の結界を』
『――わかったわ』
透明ガラスの集中治療室に炎の結界が張られ、患者の様子を観察・記録するモニターも炎の幕で遮断された。
焔霊剣皇イルフェノとの【同化】を解除し、ひとりの成人男性がエルフの男性の前に現れる。
(やっぱり正体を明かして、ひとりの人間として対峙した方がいいよな)
「はじめまして。エルフさん」
炎の仮面冒険者が話しかけるとエルフの男性は驚愕の表情を浮かべ、震えている。
「あ、あれ?」
『――ねえ貴方。部屋の中を全部炎で覆ったら相手は死の危険を感じると思うわ』
炎のリス状態のイルフェノから忠告された。
「あ」
どうやらエルフ族の男性との初対面は失敗してしまったようだ。
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