第3-26話 消えた彼女

原宿ダンジョン119層――。



この階層にも兎耳族の村が存在しており、今日は兎耳族の皆に会いたいというケモナー冒険者の願いを叶える企画が開催された。



「わあああ。本当に兎耳さんがいっぱーい!」



そのオレンジに近い栗毛色の髪に兎耳うさみみのカチューシャを着けて喜びの声をあげているのは【黒猫ハーバリウム】の清楓だった。



今回の企画には【黒猫ハーバリウム】のメンバーも参加している。配信チャンネル用の動画が欲しいようだ。




「炎さん、すいません。私達も兎耳族さんたちの村に行きたいって我儘を聞いてくださって」



全身兎の炎の仮面冒険者にそう頭を下げたのは碧偉だった。



「別にいいよ。ただ今回のは綾覇ちゃんが強く希望したのが意外だったな」

「ええ。どうしても119層の兎耳村に行きたいって」

「119層まで【安全圏確保】してしまった……」



炎の仮面冒険者としては【安全圏確保】は魔族の都市が存在する120層には近づき過ぎないように考えていたのだが。


傍にいる新人マネージャー風のスーツ姿の女性が119層にも兎耳族の村があると知り、「ならば、会いに行かねば。何かあるなら絶対助けねば」と119層までずんずん進んでしまったのだ。



一般人に扮し、兎耳を前に我欲を必死に抑えているその女性にはもう深く触れるつもりはない。



119層の兎耳族の獣人の皆と仲良くする為に用意したのがスイーツバイキングだ。



普通の兎は草やニンジンだけでなく果物も結構好物という事でスイーツバイキングを用意したのだが、彼らにも喜んでもらえたようだった。



120層に近く【魔族】や魔物との闘いに疲れ果てていた彼らにとってスイーツの差し入れは極上の美味となっていた。


実際113層の兎耳族の皆よりも119層の彼らの方が戦闘能力が高い。



そんな兎耳族の皆とケモナー冒険者とのスイーツ交流会も3時間程で終了し、そろそろ帰還しようとしていた頃だった。




「炎さん!大変なのッ!!」



炎の仮面冒険者の前に慌てて駆け付けたのは龍美だった。



「龍美ちゃんどうしたの?」

「綾覇が……綾覇が何処にもいないのッ!」

「え?」



炎の仮面冒険者が119層まで【安全圏確保】をしてしまった時からどこかモヤモヤしていた不安がこの瞬間に鋭い何かに変質し胸を刺す。



「最後に綾覇ちゃんを見たのは?」

「たしか2時間前までは私と一緒にスイーツを食べてたんだけど『ごめん。つい食べ過ぎちゃってお腹痛くなっちゃった。多分寝てるから気にしないでねって』って冒険者用ログハウスで休んでいる筈だったんだけど今見たらもぬけの殻で……」



説明しているうちに龍美の顔色も悪くなり始めていた。


どうして心配してもっと頻繁に見に行かなかったのか?という自責が彼女をさいなみ始めていた。



綾覇ちゃんがいなくなったって本当ッ!?」



綾覇の消息不明を聞かされた碧偉や清楓も駆けつけてきた。



「どうしましょう……?」

「とにかく俺が探すから皆は安全なこの場所で待機してて、ダンジョンでの二次被害が取り返しのつかない事になるから!」

「まずは119層に配置している監視ドローンの映像をチェックしよう」


『――炎さん。大変お伝えしにくい事案が発生しました』



戦闘用3D-AI【海咲ちゃん】も炎の仮面冒険者の元に駆け付けた。


胸の内を何かが刺すような感覚が続く。




「もしかして120層?……」

『――はい。119層に展開している監視ドローンの映像をチェックをしましたところ、【120層へ向かう階段前】で綾覇さんの姿が映し出されました』



伝えられた事実に碧偉も龍美も清楓も絶句した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





【碧偉&清楓】黒猫ハーバリウムpart204【てぇてぇ】




:名無しのリスナー

おい。【黒猫】のダンジョン配信チャンネルで急に配信始まったぞ?


:名無しのリスナー

ホントだ


:名無しのリスナー

ゲリラ配信?


:名無しのリスナー

綾覇ちゃんしか映ってなくね?


:名無しのリスナー

何故かソロだしなんか様子が変だぞ?


:名無しのリスナー

綾覇『今回は自分が持ってる小型のスマートドローンからの配信なので画質が悪かったり上手く撮れてなかったらごめんなさい』


:名無しのリスナー

綾覇『私は今、原宿ダンジョンの120層にいます』


:名無しのリスナー

は?


:名無しのリスナー

おいおいどうなってんだよ?


:名無しのリスナー

綾覇ちゃんいったいどうしちゃったんだよッ!!!!!




     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「綾覇ちゃんどうして120層へ?……」



炎の仮面冒険者は120層への無謀な突貫する人間が出てくる可能性は正直考えていなかった。


今はもう原宿ダンジョン101層以降の移動制限がかなり厳しくなっており、移動可能なのは許可を得た【炎麗黒猫】の人間や防衛省関係者くらいだ。


なによりクランマスターでも踏破出来ない120層に行くなんて自殺行為に他ならないからだ。




『――炎さん。防衛省の麗水さんから緊急連絡が入りました。この映像を見て下さい』


戦闘用3D-AI【海咲ちゃん】の眼部機能が切り替わり、この場に映像を映し出す。


そこに映し出されてるのは綾覇だった。


彼女は独断で全世界に向け、ゲリラ配信を始めていた。そして彼女はこう言った――。




「――私、【黒猫ハーバリウム】の綾覇は原宿ダンジョン120層のフロアボス――【城の主】と接敵し、その正体を突き止めたいと思います」



______________________________________


第3章のラスト部分の開始となります。

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