第3-2話 防衛省の変化

東京都新宿区市ヶ谷――。


防衛省ダンジョン対策支部局隊舎の一室にて。



「――それでお前達は【退省願】を持参してのこのこと俺の前にやって来た訳か」



そう言い放ったのは防衛省ダンジョン対策支部局大将――野心鬼だ。


その偉丈夫の体躯に合わせた黒皮の特注椅子だけでも周囲に迫力を感じさせるのには十分だった。


野心鬼に対し、今回のN県北部の大氾濫ダンジョン機能停止を画策したのは自分達だと伝えに来た2人の美女――桂城和奏と麗水(レオメル)海咲。




「お前はいつかやらかすと思ってたが此処でか?麗水」

「すいません。やらかしちゃいました。でも後悔はないですッ!!」


白衣姿のプラチナブロンド碧眼美女は胸を張った。友人の為のやらかしなのだから。



「お前からしたら防衛省を懲戒解雇クビになろうが痛くも痒くないんだろうな」

「流石です野心鬼大将ッ!ボクの事わかってますね!」



黙っていれば神秘的な美貌にもかかわらず満開の笑顔でサムズアップする麗水ちゃんである。



「お前達は賭けに勝ったに過ぎん。防衛省は炎の仮面冒険者の正体は詮索しないと約束したんだ。アイツからそれを正式に抗議されたら麗水、お前は最悪不正アクセス罪で逮捕もあったんだぞ?」

「その展開も覚悟はしてましたけど、炎さんは和奏を突き放したりはしないだろうなと思いました。優しくて強い日本の英雄ですから」


「俺はお前みたいな計算高い女は好きじゃない」

「ボクとしても野心鬼大将みたいな奥さんお子さんがいる方から好かれても困るので良かったです。でも大将だって炎さんがどこの誰だか知りたくないですか?」


「絶対に俺に教えるなよ?俺が知ったら【防衛省の一部の人間が暴走した事】に出来なくなるからな」

「えー!大将、ボクと和奏を切り捨てるつもりなんですかー!?」


「あいにく俺には愛する妻とこども達がいるんでな。無職になる気はない。大体自分たちで【退省願】持ってきてるじゃねえか!!」

「えーそこは部下が持ってきた辞表をビリビリ破いてくれる場面じゃないんですか?大将、今や【上司にしたい有名人ランキング1位】なんですから!」


「そんな計算してるヤツの辞表なんか破けるかッ!!!」



防衛省大将と防衛省きっての天才開発者の会話はいつもこんな調子である。




「とにかくだ。お前ら炎の仮面冒険者の正体を突き止めた事もダンジョン潰しを画策した事も絶対に俺以外の誰にも言うなよ?防衛省の仲間にもだ。それを知った人間はお前らの巻き添えで全員クビになると思え」



野心鬼は2人に釘を刺す。



「承知しました」

「あれ?ボク達、通常任務に戻っていいんですか?」

「事が公になるまでは処分保留だ。だからとにかく黙ってろ。まだ今のとこは【話題の仮面冒険者の自己判断で大氾濫ダンジョンを潰した】だけだ。だからダンジョン潰しに反対している経産省からの抗議もない。まあもっともN県北部あそこは最早経済圏としてもう機能していなかったんだから経産省の興味の範囲外だしな。だが他のダンジョンは違う」


「ですね。あの情報をリークしたのは経産省の人達なんでしょうね」


麗水海咲は野心鬼の執務机に置かれている週刊誌をその碧眼で捉える。




その週刊誌の表紙には大々的にこう書かれていた。



――【驚愕の新事実!!日本のダンジョンは100階層で終わりではなかった!?政府関係者が証言!!】



「……いつかは日本国民全員が向き合わないといけない事実だ」

「結局その事実を証明できるのも炎さんだけなんですよねー。次のダンジョン配信のテーマも決定かなー」

「炎の仮面冒険者を支えるのが今のお前達の最優先任務だ。正体を突き止めたというなら最後まで責任を持て。投げ出す事は許さん。話はこれで終わりだ。行け」

「ハッ!麗水レオメル海咲!通常任務に戻ります!」



既に次のダンジョン配信が楽しみなのか麗水海咲は軽い足取りで大将執務室から退室した。



「桂城」

「はい」

「お前のした事は客観的に見れば暴走だ。だがな。俺は感謝している。お前の兄――茂門しげとだけでなくあの大氾濫に立ち向かい使命を果たし殉職した防衛省の仲間たちの仇を討ってくれた事を」


筋骨隆々の偉丈夫は立ち上がり、深く頭を下げた。



「やめてください!野心鬼大将の方が私よりももっとお辛かったはずです。私怨で暴走した私にはその謝意を受け取る資格なんてありません。全て炎さんの功績です」


「そうか。お前がそう言うならこの謝意は取り下げよう。仮面冒険者――炎に会った時に何か礼をするとしようか。桂城お前も仕事に戻れ」


「はい」

「あ。そうだ。最後にひとつだけお前に言っておく事がある」

「なんでしょうか?」


「桂城茂門は今も兄として桂城和奏の幸せを願っている――。という事は絶対に忘れるな。お前は真面目過ぎるからな。もっと貪欲になれ。あと何かあれば俺を頼れ」

「……お気遣いいただき感謝します。では失礼します」



桂城和奏は一礼し、退室した。



「前と全然面構えが違うじゃねぇか。更に良いオンナになってやがる。これもあの炎の仮面冒険者の功績ってヤツか」



仲間を喪う事も当たり前の日常で擦り切れてゆく人間の方が多かった防衛省にとって珍しい変化を目撃した野心鬼は相好を崩した。


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