第2-1話 経産省の思惑


予告なく開設された呟き系SNSのアカウント【炎麗黒猫の代表の猫】は瞬く間にフォロワー300万人を突破した。


新クランへの依頼お待ちしてます。とダイレクトメッセージ機能も解放していたが依頼殺到らしい。

なので【※他クランの依頼を奪うつもりはありません。仮面冒険者――炎の力が必要不可欠な依頼から優先して受けさせていただきます】という注釈をつけた。


政府からはダンジョン崩壊/大規模氾濫を未然に防ぐ為の定期的な96-100層の魔物の間引きの依頼が来た事も公表した。

世論では『何故間引く?潰せるなら潰すべきだ』とダンジョン殲滅論を唱える有識者が散見し始めていた。





東京千代田区霞が関――。



「ダンジョンを潰す?そんな事出来る訳が無い!一攫千金を夢想出来なくなった冒険者ゴロツキ達の次の仕事は?冒険者ギルドの職員達の再就職先は誰が用意する?」


経済産業省のビルの最上部の一室にてメディアで殲滅論を声高に語る有識者への怒気を込めた言葉を発する男がいた。



武縄一稀たけなわかずき――経済産業省事務次官を務める男。


ダンジョン誕生という未曾有の事態にあっても日本経済を破綻させぬよう粉骨砕身してきた経済産業省の事実上の官僚トップだ。

株価ばかり景気がよく取り上げられるもどこか閉塞感を拭えなかった日本経済にダンジョン素材の換金システムを構築し、国民に夢を見させたのも経産省の功績だ。



「元々あの炎の仮面冒険者はダンジョン100層までの機能を停止したに過ぎんのだ。政治家たちは何故それを公表しない?」

「日本国民にとって30年越しの悲願だった100層踏破です。実は更に下の階層が存在すると即座に公表するのは得策とは思えません」



そう返したのは早海橙子だった。



「あの仮面冒険者は120層をも踏破してるのであろう?」

「あくまで自己申告です。それを証明できる第三者がおりませんので」

「正当な踏破であっても法螺吹き扱いされてしまうとは難儀なものだな。よもやあのような滄海の遺珠が現れるとはな」


「【精霊術師】なる存在職業の台頭は皆予想外でした」

「君の実妹がその精霊剣皇なる存在の声を聞いたんだったな」

「はい。さながら女帝のような威容の響きだったと」

「その女帝なる精霊が精霊たちに指示を出し東京全域のダンジョン冒険者の命を救い続けていたという事か」

「おそらくは。推察止まりですがとても一人の人間に熟せる仕事量タスクではありませんし」


「もはや炎の軍隊に近いな」


「その埒外の力を防衛の為に使うか――。日本経済の為に使うか――。二省庁間の綱引きになるかと思っていたのですが……」

「ダンジョンに潜らざるを得ない少年少女を己のクランに加入させ資金援助とはな」

「防衛省・経産省のみならず文科省も【炎麗黒猫】への支援を行いたいと気勢を上げています」

「冒険者孤児の対応に長年頭を悩ませていた彼らからしたらこれ以上ない光明だろう」

「経産省としては三竦みの構図になってしまったのが残念です」

「いや文科省も冒険者孤児など生み出したくないのだからダンジョン殲滅派だ。経産省としては厄介な状況になった」



武縄は歯噛みする。

あの炎の仮面冒険者の間近に経産省職員の近親者がいたのはこれ以上ない僥倖と思っていたのだが。



「……あの仮面冒険者が他者の思惑に振り回されぬよう、その都度その都度一歩先を動いてみせるだけの怜悧さを持ち合わせているのは確かだろうな。まあいい。どの道この資源に乏しい我が国が【魔石エネルギー】を放棄する事など不可能なのだから、徐々に進めていこうじゃないか」


「まずは仮面冒険者の信頼を勝ち取れるよう振舞うつもりです」

「期待してるよ。早海君。君の成果に見合っただけのポストを用意するつもりだ」

「身に余る御言葉光栄です」



一礼した後、橙子は事務次官の執務室から立ち去った。




武縄は執務机に視線を落とす。

艶やかな木目調の机の上には資料が置かれていた。



【――原宿ダンジョン商業施設化再開発計画事業案】


「さてと。原宿を日本初の100層踏破の地としてどう盛り上げようか」

「日本人は祝い事希望には金を惜しまんからな」

「その仮初めのユーフィリア過熱感存分に利用させてもらおうか」




日本初の100層踏破者の登場により、これまでとは異なるダンジョン時代が動き出し始めていた。



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