第15話 仮面冒険者、家電になる

若手冒険者の街――原宿。


一獲千金を夢見た若者たちで喧騒に包まれていた原宿は今、政府調査によるダンジョン封鎖により閑散としつつあったのだが、今朝はいつもと違う物々しい光景となっている。


「――燃えてるアルパカ、見れんのかな?」


現在日本のSNSで一番バズっているといっても過言ではない仮面冒険者アルパカを一目見ようと朝早くから若者たちが原宿ダンジョンの入り口前に集まっている。

若者たちの好奇の視線を一身に受けているのはまだ現れていない話題の仮面冒険者ではなく『防衛省ダンジョン支部のどちゃくそエロいお姉さん』として定着してしまった桂城和奏だった。



(こんな衆人環視の中で本当に現れるのかしら?)



桂城和奏はそのダンジョンスーツから溢れんばかりの胸を野次馬からの視線から守るように腕を組み、そう思案する。

そろそろ約束の9時になる。

防衛省ダンジョン対策支部局の職員に合図してライブ配信を始める。


『――この配信をご覧になってる日本国民の皆様、改めまして私、防衛省ダンジョン対策支部大将補佐官桂城和奏と申します』

『仮面冒険者アルパカ氏はまだこの原宿ダンジョン前に姿を見せていません。今しばらくお待ちください』



:和奏ちゃん今日もエロくて助かる


そういったコメントは配信担当者がブロックし続けた結果、今回の調査配信に対する真面目なコメントで埋め尽くされた。


:今日はどんな姿で来るかな?

:燃えてる状態で街歩いたら大騒ぎだろ。だから鳥で上空からだな

:かなりまともな推理きたな



このコメントが目に留まった配信担当者は和奏に『空』と口の動きと目線で伝える。

1時間以上も前、朝7時から現場待機していた和奏は完全に意識の外だった上空を見やる。

遥か上空にたしかに炎らしき何かに視認できてしまった事に和奏は驚く。


9時になったその瞬間、小さな炎が徐々に大きくなり、地上へ急降下する。

ダンジョン対策支部所属の自衛隊員らが上空を意識し始めた事で野次馬たちも空の異変に気づき始める。


「おいおいなんだあれ?」

「仮面冒険者炎きたあああああ!!!」


そして騒ぎ始めた群衆は徐々に仮面冒険者の姿を把握し困惑する。


地上着地で寸前で落下速度が緩み、ふわりと原宿ダンジョンの入り口前に降り立ったのは――。




(((((――なんで冷蔵庫????)))))




ライブ配信の画面にも燃えてる冷蔵庫の姿が映し出され、視聴者たちのコメントが殺到する。


:ちょwなんで冷蔵庫ww

:家電できたかw

:冷蔵庫燃えてて草

:食料保存機能完全に失ってて草

:朝っぱらから空から燃えてる冷蔵庫が降ってくる衝撃映像

:初手から笑わせに来てるじゃんこの仮面冒険者


和奏は目の前に現れた炎揺らめく冷蔵庫を見て、目を閉じ一度深呼吸をした後、そのルージュで潤った紅色の唇を開いた。


「おはようございます」

「おはようございます」

「何故?今回は冷蔵庫なのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「SNSでアルパカがドナドナされてる画像を見て凹んだんで今日は家電がいいかなって」


:またエゴサして凹んでて草

:このドラゴンスレイヤー、メンタルが課題なり

:冷蔵庫に話しかけなきゃいけない桂城さんが不憫シュール



「……防衛省ダンジョン対策支部といたしましては貴方を酷使し続けるような腹積もりはございませんので。政府と提携している冒険者クランと同様に適切な協力関係を築いていきたいと思っています」

「とりあえず土日は休みたいです。あと朝は推しのVライバーの子に『おはよう。いってらっしゃい』って言ってもらえる時間は欲しいです」


:配信が日常になりすぎてて草

:完全に配信が心の支えの社畜生活送ってた人やん

:夜は晩酌配信5窓してそう

:もっと早く冒険者になってれば良かったんじゃないの?

:いやまあ冒険者はリスク高いから躊躇する奴もいるよ



「現時点の話になりますが今回の原宿ダンジョンの異変調査に御協力いただいた後に更に何かを要請する予定はありませんので」

「ひとついいですか?」

「なんでしょう?」

「政府は今回の異変の原因を突き止めた後、場合によってはこの原宿ダンジョンを潰してもいいと思ってますか?」


「――ッ!」



冷蔵庫のナリをした仮面冒険者からの言葉に現場に緊張が走る。

そしてその言葉の真意を知る視聴者もコメント欄を爆発させる。



:うおおおおおおおおオオオオ!!

:原宿ダンジョン潰す発言=100層完全踏破きたああああああああ!!!

:冷蔵庫にトドメを刺されそうな原宿ダンジョンさんご愁傷様です



「あ、貴方はこのダンジョンの100層踏破が可能なのですかッ!?」


和奏も声を上ずらせながら仮面冒険者に問う。



『――ダンジョン100層踏破は日本人にとって積年の悲願』



国民を守る為、仲間を喪う事も多々あった防衛省の人間であれば尚更である。


「今は異変が起きていて、その時とは条件が異なるので確実に出来るとは言えないですけど……。100層踏破した事はあります」



朝の原宿で燃え盛る冷蔵庫はそう断言してみせた。



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