最凶の破戒僧と勇者殺しのカリスマ魔王
MUGI-PAPA
Prologue 22年越しの因縁
俺の生まれた日。集落の入り口で駄弁る見張りの親父がいた。この日は月がやけに綺麗だったらしい。
「おい、じいさん、あれ見ろや」
中年のくたびれた親父がビール片手に、星空を指した。その言葉につられたように視線を指先に合わせた老いた男は目を大きく見開いた。その視線の先には、真っ赤な巨星が一つと真っ青な巨星が一つ、隣り合って盛大な輝きを放っている。その輝きはまるで、空を全て飲み込まんばかりに、紅く染めていた。
「不気味だぜ、なんだい、ありゃ――」
老いた男に視線を移した親父は、その表情に困惑した。よく見れば、呼吸すら止めてしまっていた。慌てて声をかける。
「おい、じいさん! おい!」
「――あ、あぁ」
ようやく呼吸を取り戻した老いた男に一安心した中年男だったが、あまりの不気味さに聞かずにいられなかった。
「俺は占いなんて信じねぇ。けどよ、これだけ不気味だと気になっちまった。あんた占星術師なんだろ? あれには一体、どんな意味があんだよ?」
屋台の前に広げられたテーブルを挟んで向こう側にいる老人が、中年男性を真剣な眼差しで見つめる。
「……近々、世界は終わる、かもしれん――」
*
月日は40年が流れていた――
『一人で乗り込んで来れるとは、にわかには信じがたい話だが――』
「おぉ、いたいた。その女は俺の女だ、返してもらうぞ」
眼前に立つのは、魔王ネロと呼ばれるこの世界の王。40年前、デモネシアとして生を受け、狡猾で強力なデモネシアたちを歴史上初めて、一つにまとめたカリスマ的英雄だって話だ。やっぱりイケメンだな。声も悪くねぇ。そして、このプレッシャー……22年前と変わらねぇ。こんな形で出会ってなければ、酒の一杯でも酌み交わして、どうやってデモネシアをまとめたのか聞いてみてぇもんだが。
『ほう、狙いはこの女だったか』
俺の指が示す方へネロの視線が向かう。石壇に横たわる一人の若い女の姿があった。もちろん、意識がなく、まるで童話の眠り姫のように飾られているのは、リベラル・アエリン。俺の女だ。内容は忘れちまったが、特別な血筋だとかなんだかで、あの地下組織ではやたら重宝されていた。
『しかし、人族の身でありながら、それほどの闘気をまとうとは……よほどの鍛錬が見えるな』
驚いた事に、他人に褒められた記憶のないこの俺様を、ネロの野郎が感心して褒めてくれたようだ。表情からそう読み解けた。言葉は分からねぇ。
「あれから22年か」
『ほぉ……22年前、か』
そう、もう22年も昔になっちまった。あの時も俺はこいつと対峙した。
『勇者、だったか。人族の中で戦闘力に長けるそう呼ばれる者たちが、余の討伐を志して、攻めて来た時期になるか』
当時は世界最大の宗教アリエル教団に属して戦った時期もあったりしたが……
なーにが女神アリエル様だ。信じた奴らは救われるどころ、皆死んじまった。
親友のロビンなんて、まるで愛する妻を愛でるように全てを捧げたってのに、アバズレのアリエル嬢は、何もせずにあいつを見捨てやがった。
俺の眼の前で、こいつに殺されるのを黙って見ていやがった――
『貴様はあの時の軍勢の生き残りか?』
ネロはニヤリと微笑んだ。玉座の背もたれに深くもたれ、組んだ足を入れ替え、肘掛けでついている頬杖に乗った顔は、どこか弱者を見下すようだった。
「その女の件がなくても、俺はお前に、借りを返さなきゃならなかった……」
良いきっかけだった。正直、リベが攫われなければ、こうして再び対峙する事もなかっただろう。情けねぇ話だがロビンの仇討ちを挑む勇気が、俺にはなかった。あの時の敗北、喪失の恐怖は未だ衰えず、眼の前で消滅する友を救えもせずに逃げるしかできなかった俺のままだったからだ。
昨日だって夢に見ちまうくらいだ。消えていく悲しげな表情のロビンが「逃げろ」と告げたあの瞬間を――
パキ。パキ。
俺は指を鳴らし、首を回して緊張を解す。
『一度大敗を味わいながらも逃げずに戦う、か。その勇気に敬意を払おう』
ネロはゆっくりと立ち上がり、マントをバッと脱ぎ捨てた。
「ありがたいねぇ。やる気満々って事だな」
俺は軽くステップを踏み始める。同時に全身を巡る闘気が溢れ出る。
『ふ……平和とは退屈なものだった。こういった挑戦すら、久しく受けていなかったのだからな。良い退屈凌ぎになろう』
嬉しそうにニヤけやがる。だが、俺も年甲斐もなく、ワクワクしちまってる――
「お待ちください、ネロ様っ! 貴方様自ら相手なさる必要はありませんっ! そのような小物、私めが相手をっ!」
どこから現れたのか、一人の魔剣士が走り寄って来る姿が見える。しかも、そいつは――
『ほぉ……人族同士の闘い、か。それも一興』
玉座に座り直して足を組み、頬杖を再びついたネロ。その間に、俺と野郎の間に入った裏切り者の剣士――
ここに来るまでに、この城にいた野郎の部下は、全部殺したつもりだったが、まだ生き残りが居たようだな。
「ち……水挿してくれやがるぜ」
俺は自分の見落としにガッカリしながら、手首をほぐす。
「我が名は第三師団長、魔剣士ゲオルグ。ネロ様に代わり、貴様を討つ。いざ参――」
奴が口上を唱える中、俺は前に飛んだ。そして、右ストレートを盛大にお見舞いする。
その瞬間、ネロは立ち上がり、険しい表情を浮かべる。
『……貴様、同じ人族の持つ、伝統への敬意はないのか?』
「ったく、我ながら見逃しとは情けねぇ」
上半身が吹き飛び、血飛沫を上げ、フラフラしている魔剣士の下半身を背に、俺はひとり呟いた。
『実力差は明らかだった。貴様は、ゲオルグの余への忠義に、応えてみせても良かったのではないか?』
「お前らと違って、俺には時間がねぇんだよ、分かんねぇだろうな」
デモネシアの平均寿命は、千年とも万年とも言われる。対して、ホミニスの平均寿命はたったの50年だ。かくいう俺もすでに40を超えている。無駄な時間は少しでも削りたい。
「行くぜ、ネロ」
俺は野郎を睨む。それに応えるように魔力を開放したネロ。吹き飛びそうな圧力が俺の全身を襲う。あの時もそうだった――
『受けて立とう、強き者――』
その言葉を合図に俺は跳んだ。そして、拳をぶつける。
ドゥゥゥゥゥゥンッ!
空間が破裂したのかと思うほどの炸裂音と共に衝撃波が広がる。玉座の間を形成していた石材は一瞬で全て吹き飛び、辺り一体は何もなくなった。
――ヤッベ、やりすぎたっ! リベは!?
俺は、咄嗟にリベの姿を探す。すると、強大な魔力の球体に守られ、宙に浮かぶ姿が見つける。
ネロの野郎……しっかり守ってくれるなんて、紳士じゃねぇか。
「助かったぜ、危うくあいつまで吹き飛ばしちまうとこだったぜ」
『気にするな、こちらとしてもまだ死なれては困るものでな』
俺の拳を受けながら、そう答えたネロは一度俺を払いのける。俺もそれに応じて距離を取る。
『しかし、これほどとは思わなかったぞ――』
ネロは荒野と化した元根城を見渡す。月明かりに照らされた野郎の顔は妙に色気がありやがる。
『殺す前に、名前だけは聞いておこう』
真剣な表情で俺に何かを尋ねている様子のネロ。こんな時に聞く事といえば――
「グレン。俺の名は、グレン・マッカー」
『グレン、か。その戦い方を見るにモンク僧だな』
「職業は元モンク僧、今はただの破戒僧だ、はは」
そう告げ、笑って見せる。再び荒野を見渡したネロもつられて微笑んだ。
『破壊僧、か……確かに貴様にはお似合いだな――』
「リベを返してもらうぜっ! ついでにお前に殺された親友の仇もなっ!」
前に出て蹴りを放つ俺。魔力のレーザーを放出するネロ。ぶつかり合う巨大な二つの力に世界は弾けるようだった。
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